ジレンマだった。暴虐と貧乏の凝縮された六畳一間で、頭を抱えて、すべてを耐えるようになっていた。動物が穴倉で嵐をやりすごすように、うずくまってすべてがすぎ去るのを待った。

涙を見られないように、嗚咽が漏れないように、悲しみの原因になる五感をすべて遮断しようとした。涙が出る目をひざに押し当てて潰そうとして、ふさげない耳は母が髪を結んでくれる時に使っていた櫛で突こうとした。

だが恐くてできず、いっそう情けなくなった。痛みも苦しみも感じず、表情も糊のように溶けて、誰にもわからなくなりたかった。

父が正気の時よく言っていた

「腹には大事なものがたくさん入っとる。頭は殴られすぎると馬鹿になる。だから頭と腹だけは守らないかん」

という言葉がなければ、成人まで生きられなかっただろう。小学校を卒業する前に、毛布でくるまれて近所の山に埋められていたはずだ。

泣いてもなにも解決しないことを理解するのは早かった。それでも、転んだり、友達と喧嘩したりして泣くのは私が馬鹿だからだろう。悲しさを他者に訴えるほど、惨めで孤独になった。

だから、人間としての自分をぶっ壊して、痛覚も感情もないものになりたかった。自分を作ったのが人間なら、壊せるのも人間だ。だから私は、本名も知らない他人に身体をゆだねる。

似た環境に生まれながらも、ゆうすけさんは真逆の人だった。人間にいい思い出がないのに、他人を祝福し、将来への可能性を見出せる彼は、誰にでも愛される果実のようだった。食しても香水にしても親しまれるシトラスだ。

それはさておき、出てきた料理はどれも量が多かった。女子らしく「食べきれないわ」なんて言いながら完食したあとにわかったのだが、どうやらすべて二人前だったようだ。だがそれは会計で判明したことで、一円も払わない私には関係のない話だった。

将来について考えたのは、高校の就職活動の時が最後だった。それまで夢や希望という意味だった「将来」という言葉は「給料と生活」という意味に置き換わり、履歴書という形で具現化した。

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