飛燕日記
第三志望までの会社に秒でフラれたあとは、もはや好きでもない相手にラブレターを送り続けるようなものだった。
次第に企業も新卒を好きではないことを知る。実際、なんとか就職した会社で、自分はまともな働きができずにいた。過不足なくできることといえば、チームで開催する飲み会のセッティングくらいだ。
今日はプロジェクトの打ち上げだった。店を出たあと、自動ドアの前になんとなく集まって挨拶しあい、それから解散した。
二十二時を回った週末の繁華街を歩きながら、先輩に
「良い店予約できたね」
と褒めてもらえたことを思い出していた。
その時、どこかで笑い声が上がった。現実に引き戻される。周囲に浮かぶ無数の明かりと、人の気配に胸がざわつき、羞恥と虚しさに襲われた。マキさんとタツマさんに連絡をしたが、まだ仕事だと言われ、そうして会ったのが、たむさんだった。
リュックを背負って自転車に乗った、くすんだ目の男性がやって来た。
「おまたせ」
真上から降りた街灯に、頬骨が青白く浮かび上がる。三十代くらいに見えたが実年齢は知らない。コンビニによってからホテルに向かった。就職した時は気にもしていなかったが、私の職場は会社とラブホテルが同時に存在する街にあった。道沿いに延びた川は夜空を反射し、ぬめるようにきらめいていた。風のない春は、なにかを予感させるほど静かだ。
たむさんと話しながらホテルのエレベーターに乗ろうとしたら、降りてきた他の客と鉢あわせた。どうせ知らない人なのに、好奇心から一瞬だけ顔を見て、すぐに目を逸らす。
「数分前に会った人と、こういうところに来るのって、どう思う?」
ドアが閉まると手を握られた。半畳ほどの空間に貧血寸前の声が響き、静脈じみた青さに包まれる。そうだなあと高めの声を出しながら、自分の中に感情を探した。相手を探しはじめた時には思うところがあったはずだが、今はまるで空虚だった。
「ちょっとどきどきしますね」
と私は答えた。
エレベーターよりも広いバスタブに湯をためて入ると、かさついた手がうしろから回された。彼に背中を預けると、空いていた身体の隙間が埋まっていく。目を閉じると、湯に身体が溶け出していくようだった。入浴剤のように、端から泡になっていく。自分はそんなにきれいなものではないから叶わない望みのようなものだった。今、将来の夢を聞かれれば泡と答えるだろう。