「そんな風に見えないのにね」

ベッドの上で彼は言った。お礼を言いながら唇を重ね、身体に触れていく。彼の手は痛いほど乾燥していて、首は折れそうなほど細かった。息継ぎに口を離すと、本当に見えない、とまた言った。

誰だって、見た目と中身はかけ離れている。

高校生のころ、クラスメイトに黒髪で化粧っ気もなく、そばかすのある女の子がいたが、風俗店の店長に一か月二十万で買われていた。また別の子は、大病院の令嬢だが拒食症で夜遊びもやめられず、最後は無免許運転で中退した。

彼女たちはいつだって自由だった。恋をして笑って泣いて、対立して喧嘩して和解する。自分自身の価値を存在すべてで主張した。型に収まって判を押したような学生を演じる自分よりも、ずっと人間だった。

そして彼女たちは、次々に舞台から飛び立った。あのころは誰もが持っていた透明な翼で、居場所を求める旅に出た。羽ばたいた彼女たちは、まるで明かりに焚きつけられるように自ら罠にかかりに行き、絡まり、もつれ、自分で自分の首を絞めた。その姿は哀れで醜くて、儚いほどに美しかった。

静かな部屋に熱気と呼吸が混ざりあう。初対面の人間の、薄く汗ばんだ皮膚はゴムまりのようだ。男の体温が上がるにつれて、その身体からなにかのにおいが立ちのぼりはじめる。胃薬のような、苦さと腐敗臭が混ざった病院のにおい。

違和感をやりすごし、カプセルを含むようにキスをした。骨っぽい腰に足を絡め、透明な翼を持っていた彼女たちの、幸せな姿を精いっぱい思い描こうとした。

「ほんとに? じゃあ同じ職種なんだね」

彼は昼光色の頬を緩ませた。駅までの帰り道で判明したが、お互いに似たような仕事をしているらしい。同じ職種で同じ独身。歳もそれほど離れていなかった。

だが、五日後にきたメッセージに返事をすることはなかった。

会わない理由もないが、会う理由もないのだ。

燕は空で旋回し、駅構内に滑りこんだ。二つにわかれた長い尾が天井近くの家にもぐる。ヒナの気配がしないので、メスを待っているのかもしれない。渡り鳥である燕のつがいは、繁殖期になると巣に戻る。

私は燕と入れ違いで駅から歩み出した。春めく街のにおいが景色を鮮やかにし、駅前の活気を浮かび上がらせる。花屋のヒナゲシは太陽を見上げ、軽装になった人々は片頭痛から解放されたようにすっきりした顔をしていた。

【前回の記事を読む】億劫だと思いながらも、この人にまた会いにきた理由が分かった!