「すみません。女らしくなくって!」

茂夫は、慌てて、ハルに向けた両手の平を胸の前で小刻みに振った。

「いや、いや、すまん! すまん! ハルさんは、ハルさんで、この診療所の経営が大変なんじゃったのお。中国人や満人の患者達は、ちゃんと治療費を払ってくれとるのか?」

「それが……。生活のかなり苦しい人もけっこういるみたいなの……、そういう人からお金をとることは出来ないわ?」

茂夫は、心配そうに顔をしかめた。

「じゃあ、そういう連中も、ただで診療してやっとるのか」

「お金が払えないからって、病人や怪我人を見捨てるわけにいかないわ? 父からも、厳しく教え込まれたんです。医療は、お金儲けのためのものじゃないって。絶対に患者をお金で選んじゃいけないって。それに、満州帝国は、日本人が、他の民族の人達を助けるために作られた国でしょ? 内地でも、五族協和の理念をさんざん聞かされたわ」

茂夫は、眉をひそめて、腕を組んだ。

「それは、そうじゃが、今は、ハルさん一人でナツ達の面倒を見とんじゃろうが。家計のほうは、大丈夫なのか」

「支払いを無理強いすることは出来ないけど、遅れて分割ででも払ってくれる人も多いわ。それに、何より、この診療所は、いつも繁盛してますから!」

ハルは、得意そうに微笑んでみせた。その顔を見た茂夫は、冗談ぽく、わざとに目を大きく見開いてみせた。

「それは、ハルさんの人柄によるものじゃのお」

ハルは、おどけたように、横目で茂夫を見た。

「まあ、茂夫さんたらお上手ね!」

そして、二人は、声を揃えて大笑いした。

遠くからの小さな鐘の音が、響いて来る中、今日も、青島診療所は、平和で明るい空気に包まれていた。

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