ホテルのロビーでは、支店長の松田と先輩の谷山が待っていてくれた。

「伊藤さん、お疲れ様でした。スーツケースがあってよかったですね。でも、これからはきちんと確認してからバスに乗ってくださいね」

「はい、分かりました。お世話になりました」

伊藤はそう言って部屋に向かった。

「私が確認しなかったばかりに皆さんにご迷惑をかけてすみませんでした」

「まあ、無事にあったからいいようなものの、治安の悪い所だと取られていた可能性だってあるのですから、今後気をつけてくださいよ。私にも監督責任がありますから、山田さんだけを責められませんがね」

「山田さん。スーツケースの数を数えるのは添乗員の基本ですよ。これだから新人は困るんだよ。これからも気を抜かずにやってくださいね。新人さん」

谷山は、鬼の首でも取ったかのような顔をして真知子に言った。

「はい、以後気をつけます。ご指導よろしくお願いします」

真知子は基本の事を怠ったことを情けなく思いながら、二人に頭を下げた。そして、これからは絶対ミスはしないぞと再度自分に言い聞かせたのであった。

翌日はバッファローからナイアガラを見学してカナダ側のホテルに泊まることになっている。ナイアガラの大瀑布はアメリカとカナダにまたがっているので、カナダへの入国手続きが必要である。地続きに国境があるというのは島国の日本では経験できないだけに、この国境通過自体が一つのイベントとして楽しまれている。

一昨年は真知子もここで記念写真を撮ってもらった。今回はみんなの写真を撮ってあげることになるだろう。