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俺の名前は、松岡太郎。電気部品の製造会社に勤めるセールスエンジニア、独身二十七歳。
クリスマスイブの夜、漣神仙という得体の知れない白髪の老人に出会い、透視力というものを授けられた。いろいろと話を聞かされ、自分でも試行錯誤しているうちに、何とか有効利用できるようになっていった。と言っても、社内でいじめられている人の救済に使っているぐらいなのだが……。
セールスエンジニア部の新人アシスタントが、チーフアシスタントのごきげんを損ねた時があった。それ以来、寄ってたかって古参アシスタントを従えて新人アシスタントをいびっていた。給湯室に呼び出してはいや味な言葉を浴びせている。コピー書類を持って歩いていると、わざと足を出してつまずかせる。仕事の段取りについては教えない。当然ミーティング時間など教えるはずがない。
新人アシスタントは竹村美智子という名前で、ロングヘアで背が高く、どちらかというとモデル系の二十二歳。攻撃側のチーフアシスタントは笹原由美という最古参の独身三十歳。中肉中背のごく普通の顔立ち。セールスエンジニアの男性どもが、新人アシスタントを気安く「みっちゃん」と声をかけて用を頼んだり、飲みに誘ったりしているのが気にくわなかったようだ。
俺は神仙老人から教えてもらった「両手を組んで人差指を合わせて相手に向けるという術」で、関わる女性達の背後を透視していった。
チーフアシスタントの背後に見えたものは、九尾の狐。取り巻きの女性は家来の狐が張りついていた。
新人アシスタントの竹村に見えたものは、弓を構える武者の姿。表面上は穏やかそうに見えるオフィス内も背後の世界では戦闘状態になっている。人間的な和平交渉が成立する可能性はないと判断した俺は、妙案はないかと二、三日考えていた。
神仙老人の言葉がよみがえる。
『憑き物は変幻自在に変わる。その都度、考えることじゃ。残念ながら、今授けている力では憑き物を善なるものに変えることはできん』
(変幻自在に変わる……)
チーフアシスタントの背後も長く観察すれば、変わっていくはずだ。チーフアシスタントが変われば取り巻きも変わる。新人アシスタントの背後も変わる。
次の日からチーフアシスタントの笹原の背後を観察し始めた。新人アシスタントに関わらず、女性と接する時は九尾の狐が現れる。男性社員と向かい合う時は、寂しげな平安時代の衣装十二単の女性が現れる。十二単は古びてところどころほつれて色あせている。笹原は風さいの上がらない俺に対した時でも同じだった。周りの女性達を見回すと、家来の狐でなくそれぞれ違った着物姿の女性になっている。
新人アシスタントの竹村はどうかなと見ると、武者姿のままだ。かなり緊張したままオフィスにいるなと思った。彼女の普段の背後は何かを知る必要があると感じ、退社する彼女の後をそっと追ってみた。
彼女がホッとしたところ、そこを透視する。通行人に紛れてさりげなく歩く。彼女が「スターサイレン」に入り、コーヒーを持って窓側に座ったところで窓越しに術を使って透視した。背後は色鮮やかな十二単に身を包む女性がいる。
俺は考えた。これは背後の憑き物同士の嫉妬が原因だ。本人同士の人間的努力で仲良くなれるという問題じゃない。いさかいのきっかけは何でも良かったのだ。どうすればいい?
神仙老人の言葉が浮かんでくる。
『憑き物の特徴を基に、自分で対処を考えることじゃ。対処法で問題を切り抜けるのじゃ』
(そうだ! 笹原の背後を竹村と同格にすれば良い。笹原の憑き物からお姫様を探そう)