その時、すでに車はホテルのゲートをくぐっていた。硬質なゴムののれんが車体を撫でる。

彼に続いて車を降りながら、急いで言葉を探した。やめると言うなら今しかない。

だが、エントランスで肩を抱かれて思考が停止した。大きな手のひらに身体を引きよせられる。

「どの部屋にする?」

彼の声は、今からする行為に不釣りあいなほど涼やかだった。もしかして、ここは体育館のようなもので、二人でいい汗を流すだけなのではないだろうか。そうだとすると、弱気になるのはおかしなことだった。

インモラルな自分に戻りながら部屋を選んだ。点滅する案内板を見ながら廊下を進む。

やはりラブホテルの部屋は無駄がない。大きなベッドとテレビ。小さな冷蔵庫と電子レンジと、広すぎるほどのバスルーム。必要なものだけが収まった部屋を見回すと、パズルのピースがぴたりとはまるのを見届けたような気分になる。

タツマさんはテレビをつけると浴室に入っていった。お湯がたまっていく音に振り向くと、彼が真うしろに立っていた。見上げる。

身長は一八五センチあるらしい。自分は一五五センチ。もし首でも絞められたら、と想像する。彼の中の善悪の割合を推し量ろうとした時、腰から背中になにかを押し当てられた。

やわらかい重みにうしろ手で触れると、それがあった。それはそれだ。バットでもラケットでもない。やはり、ここは体育館ではなかった。セックスするための部屋だ。

風呂入ろう、と促されて服を脱ぐ。

バスタブの中で身じろぐと、張られた湯に波紋が広がった。素肌に押し当てられた感触は、誰かと比べたわけではないが大きかった。背中から腹を貫くほど長く、指をまわすと手首と同じくらいある。これが自分の身体に入る光景を想像しようとしたが、できなかった。

手が頬に触れ、やおらに振り向かせる。

「フェラ、好きそうな顔してるね」

タツマさんの顔には余裕のある笑みが浮かんでいた。こちらの不安も、自分の持っているものの扱いかたもわかっているという風だ。

湯の中で指がぬるりと入りこんでくる。緩やかに動き出し、筋肉が弛緩していった。

「もう濡れてる」

耳に唇を押し当てられると、ターコイズブルーの青みをより心地よく感じた。今からこの人に抱かれるんだ、と思う。

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