「根釧原野では、というか日本では、草地更新をしていかないと草地になっていかない。でも、ヨーロッパでは草地といえば永年草地。つまり何百年も草地更新をしない。でも立派に牧草地になっているといわれてますよね」
「そうだなぁ。言っていたのは早川先生だったよな」
「草地更新のときも化学肥料をたくさん撒く。そして毎年たくさん撒く。たくさん撒いても日本の草地は雑草だらけになる。これってむなしくないですか」
「で、そのたくさん撒いた化学肥料はどうなると思う?」
内燃にそう言われて、山川は戸惑った。
「そこまでは考えていませんでした。何か知っていることがあるんですか?」
「つい先日、水産科四年の大河先輩たちが、面白い事実を突き止めたらしいぞ」
「何です?」
「ニシベツ川の七カ所で、水質調査をやったらしいんだ」
「水質調査、ですか?」
「そう。そして川の周りに酪農家や牛が多いと、川の水に肥料が多くなるらしいんだ」
そこまで言うと内燃は、少し言葉を選びながら話を進めた。
「つまりだな。川の水に肥料が多くなるってことは、肥料が草地から川に流れ込んでいるってことだろう。もしそれが本当なら、せっかく撒いた肥料が、どれぐらいかは知らないが、無駄になっているってことだよな」
「そうですね」
「肥料はただじゃぁないよな。せっかく肥料としてかけたコストが、酪農家にとっては、一部とはいえ無駄になっている。そういうことにならんか?」
内燃はさらに続けた。
「植生が悪くなるから草地更新をする。そして肥料をたくさん撒く。どっちもコストがかかる話だよな。さらに肥料が無駄になっているんじゃ、酪農家は何のためにコストをかけるんだい⁉」
どうだい、どう思う、と内燃に聞かれたが、山川はうまく答えることはできなかった。しかし、自分がふと口にした疑問が、実はとんでもない事実につながっている可能性を、山川は感じないわけにはいかなかった。