街を歩いていても、すれ違う中に日本人を見かける確率は、かなり低い。

さすがに、診療所の患者には、日本人も多く、ナツやアキオの学校の同級生も日本人がほとんどだったが、だいたい、診療所にしても、学校の校舎にしても、建物がフランス映画やドイツ映画に出て来るようなヨーロッパ風の建築物だ。診療所や学校に限らず、街の建物が全てそうなのだ。

内地の民家は、木造が当たり前だったが、ハルビンの民家は、レンガ造りだ。家々の屋根には必ず煙突が付いていて、冬になるとペチカの薪を燃やす煙が、各家の煙突から立ち上る。ハル達の住む家も当然、レンガ造りでペチカも煙突もあり、冬場には、薪を絶やさずに燃やし続けることで大忙しだった。

ハルとナツがペチカで温まった部屋の窓から外を見ると、あちらこちらの家の煙突から煙が立ち上っている。内地で読んだヨーロッパの童話に出て来たような景色だ。あらためて、ここは、日本ではないのだなと実感するひとときだった。

地理的には、中国の北の果てということになるのだろうが、中国にいるという感じもしなかった。

常時、聞こえ続ける教会の鐘の音、実際、街のあちらこちらにロシア正教の教会があり、教会での礼拝、生誕祭や復活祭など、次々と行われるキリスト教関係の行事、パリを思わせる大道芸人、そして、カフェの前の広場の賑わいは、やはりパリのモンマルトルを思わせ、ロシアンケーキ、紅茶を注ぐサモワールという給湯器……。

そう、ここは、日本でも中国でもなく、まさにヨーロッパなのだ! 東洋のパリ、東洋のヨーロッパ、とさんざん聞かされてきたわけをハルも、ナツも、街に住み始めてすぐに納得した。パリと並ぶ、日本女性憧れの街、ハルビン! 映画や演劇、絵本、小説、絵画などで、憧れに憧れて来たロマンチックな物語世界の中に私達はいるのだ!!

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