「カトリーヌ、やっぱりここにお邪魔していたのか」
牧師さんは僕を見て、少し後ずさりした。
「うん、ちょっとね」
カトリーヌは本棚から本を取り出して、牧師さんをちらっと見た。
「牧師さんがここにいらっしゃるなんて。珍しいこともあるもんですなあ」
何の用向きかとワルツさんは牧師さんに丁寧な口調で尋ねた。牧師さんはカトリーヌがいると話ができないらしい。何度もわざとらしく咳払いする。ワルツさんはそれを察して僕に目配せをした。やれやれ、仕方ない。今日の昼寝は森でしよう。
「カトリーヌ、リュシアンが森へ行きたいそうじゃ。扉を開けてくれないか」
カトリーヌは無言で、僕は急ぎ足で、深い緑の扉から外に出た。本屋を出てまっすぐ前を向きながらカトリーヌは言った。
「私、この島をもうじき出ていかなくちゃならない。大陸にある慈善学校の下働きの仕事をやらされるんだ」
黒い森に通じる一本道は雨の匂いがした。もうすぐ雨が降るよ、急ごう、とカトリーヌは駆け出した。黒い森に入ると、雨のせいでいつもより闇が深い。カトリーヌは何度も足を取られそうになるけど、僕はへっちゃらだ。葉と幹を叩く雨音が喝采に聞こえる、とカトリーヌが呟く。
「リュシアンと私だけにしか聞こえない音だ」
カトリーヌは僕をひょいと抱き上げ、森の妖精が残した苔がいっぱいの平たい岩に座った。
「私、この島が好きだ。ジュネの花も、ミルクの配達の仕事も気に入っている。この黒い森も、この雨も、大陸から海を越えてやってくる風も好きだ。この島の人たちは私を見て知らんぷりする人ばかりだけど、それも私にはちょうどいい。だから、どこにも行きたくない。それに、私はまだあの教会にいなくちゃならない。私にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
カトリーヌは遠くを見て、目を光らせた。
「リュシアンと私はよく似ていると思う。そしてワルツさんもそうだ。一緒にいたいけどいたくなくなるほどよく似てる。リュシアンとワルツさんをじっと見てると自分を見ているみたいだ、どうしてだろう」
「リュシアンはどう思う」
僕はカトリーヌの目をじっと見つめた。僕がワルツさんを思い浮かべる時のフィルムは、「独りぼっち」だ。僕がそばにいても、ワルツさんは「独りぼっち」を抱えている。うわの空なんだ、いつだって。胸の中の穴を塞ごうともしないでその穴を眺めてばかりいる。穴の中に誰かいるんだ、きっと。