【前回の記事を読む】月末になると激しくドアを叩く入居者…認知症になっても忘れない「現役時代の苦労の記憶」
第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード
4日目 芸能人の付き人になりきって
そのような時、キーパーソンである田中さんの息子さんとお話をする機会がありました。息子さんには、田中さんが芸能界で活躍されていた当時からのお話を含め、じっくりと伺うことができました。
そこに恐らく田中さんのお世話をさせていただくためのヒントがあるに違いないと。田中さんの息子さんによると、田中さんは芸能界に入られてからも、下積み時代が非常に長く、大変ご苦労されたとのことでした。そして、その反動か、現役時代も自分の経営する事務所の若手芸人や付き人に相当に厳しい指導をされていたことを息子さんから伺いました。
もちろん田中さんがご病気ということもありますが、もしかしたら私のことを事務所の若手芸人や付き人と思っているかもしれないと感じました。それから、それこそ私は「田中さんの付き人となりきるつもり」でお世話をしてみました。
そのお世話をする中で私は気づいたのです。
田中さんは、ご病気ではあるものの、いつも現実が分からないわけではなく、田中さんの心が、そして身体が、自分の思い通りにならないことに対する苛立ちや怒りを私にぶつけていたことを。
それからは、田中さんの付き人という役割を演じつつ、今一度、素直に向き合うことを心掛けました。
田中さん、果たしてどのように感じられたのでしょうか。残念ながらその後、私は異動となり田中さんの施設を離れました。
少ししてから、田中さんがお亡くなりになったという話を同僚から聞きました。
自分は田中さんのお世話をさせていただく中で、自分が本当に田中さんに向かい合うことができたのだろうかと自問自答しました。
しかし、その答えをいまだに見つけることはできません。