花をラッピングしている女性を後ろから見ると、それは見覚えのある彼女と同じ髪型と後ろ姿で自分の記憶をあの日あの時に戻していく。大切にしまってあったはずの懐かしい想い出が引き出しの中から次から次へと飛び出して止めどもなく溢れてくる。
ラップし終わって女性が振り返ったので、僕は潤んだ視線を急いで反らし財布からお金を出そうとするが、なぜか自分の手はそこで動きを止めてしまう。
お金を払えば、今この時がまた過去になり、この幸せも記憶の中に片づけられてしまう。
そして次にこの人に再び会えるとは限らない。
そうして大切な彼女を失ったのではないのかと、もう一人の自分が僕に問いかけている。
だったら……お願いだからここで時間を止めてくれないか、もう過去は自分に必要ないから。
このまま今だけがどこまでも続いて欲しいと思うが、「お待たせしました」という女性の言葉は自分の切なる想いをあっけなく過去に片づけてしまう。
女性は花に優しいまなざしを向けると、「いってらっしゃい」と小さく囁いて自分に渡してくれる。やはり間違いなかった。母親が言った通り女性は花に声を掛けていた。
「ありがとうございます。大切にします」と急いで店を出ようとすると、「あの……タオル」と女性に呼び止められる。
「これは洗ってお返しします」と言うと、「とんでもない、私がしますから」と女性に言われた。
「いえ――やはり僕が洗ってお返しします」と言った後に小さく消え入りそうな声で、「そのほうが……」と傘を手に取りながら言いかけて僕は途中で止める。
「えっ……」と女性に聞き返されそうになったので慌ただしく店を出てしまった。
そのほうがまた店に来て話ができるからと、言いたかったが恥ずかしくなって止めた。次にまた店に来ても話などできるはずがない、どう考えても自分には無理だ。
外は傘を開かなくても大丈夫なぐらいの雨になっていた。気づくと下に向けていたはずのヒマワリの顔が首を曲げて自分を見ていたので、家に着くまで彼女の視線を意識することになった。
家に着くと、「あら、今日もまた素敵な花を選んでくれたのね」と言った後に【私はあなただけを見つめる】とまた意味深長なことを呟いて、手にしたひまわりと同じ真っ直ぐな視線を僕に向けてくる母親。
その時初めて自分の体の中を巡っている血液が暖かいということを知り、その液体が凍り付いていた僕の心をどんどん溶かしていき、自分の中に脈打つ心が確かにあると再び感じていた。