岩にぶつかる波しぶきとともに、誠子の姿は、光を帯びた碧い水面の下へと消えていきました。ゆっくりゆっくりと、海の底へ。海の中では、お魚さんたちが優しい目をして、誠子の周囲を泳いでいました。心配してくれなくても大丈夫だよ。ありがとうと、誠子はお魚さんに返していました。

着替えを入れていた旅行かばんの底に、誠子が書いたと思われる遺書がありました。

《ごめんなさい。勝手なことをして、本当にごめんなさい。子どもをよろしくお願いします。英介さん、ありがとう。お父さん、お母さん、ありがとう。晃くんには、ママはあなたの胸の中にいることを伝えてください。もしも新しいママが見つかったら、そのママにもどうか優しい晃くんでいてほしいと思います。

パパが優しいように、晃くんも優しい子だものね。いつかきっと、またどこかで会えるから! 笑顔でいてね。 誠子》

海のなか、誠子の意識が遠のいていくなかで、誠子はたったひとつのことを思っていました。もしもまた、生まれることがあったなら、そのときは、男として生まれたい。わたしが思う本物の男ってこうなんだよ! そんなふうに生きてみたい。女性を幸せにできる本当の男としてもう一度!

誠子さんの、あまりにも唐突であっけない選択に、私はびっくりさせられましたが、誠子さんの気持ちがわからないでもないかな。そんな気がします。

だれも悪者にしたくなかった。悪いのは私だけでいい。だれも憎むようなことはしたくなかった。迷惑をかけてしまうことになるのかもしれないけれど、それでも英介さんのそばにいたい。ちょっと幼稚かもしれませんが、好きな人の胸ポケットに入り込めたら、いつでも近くにいられるじゃないですか。

そう思うと、誠子さんは見えない次元の空間で、英介さんと一緒にいるような気がしてなりません。それこそ、英介さんの肉体の存在期間が完了するまで添い遂げられる!と思ったのではないでしょうか。

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