第一楽章 あなたの瞳が教えてくれた記憶

Ⅰ 汽笛がつないだ出会い

ある方に出会ってからある日突然、遠い過去の記憶かもしれない情景が思い浮かぶ、そんな不思議で神秘な体験を信じてもらえるでしょうか。その情景を思い出すたびに、頭のなかで情報が更新され、映像とセリフまでもがまるでダウンロードされるかのように、(よみがえ)ってくるとしたら……。魂に刻まれた記憶なのでしょうか。そのとき(かな)わなかった想いがエネルギーとして、空間に漂っているのかもしれないですし、もしかしたらその想いをキャッチしてしまったのかもしれません。懐かしさよりも安堵した感覚、神サマの粋な計らいとでもいいましょうか。他生の縁とは、こういうことなのかもしれませんね。

今から時代をさかのぼること、どれくらいでしょう。はるかはるか遠い時代の風景が浮かんできました。真っ青な空に、雪が積もった白い山のコントラストが美しい風景です。

ヨーロッパの山並みが幾重にも重なるように見えるその麓にある街は、大勢の人が行き交っていました。まるで映画で見るワンシーンのような景色とともに、出発を控えているらしい長い列車が、雑踏の音のなかに現れます。

旅立つ人とお見送りをする人で、列車の周辺はたくさんの人でごった返しているところです。寒い季節なのか、防寒服に身を包んだ人たち。おしゃべり声のざわめきと汽笛が入り混じって聞こえています。

そんな中、あるふたりが目にとまります。恋人同士なのか夫婦なのか、男性がまさに列車に乗り込もうとしているところでした。男性は暖かそうなベレー帽をかぶり、厚手のコートに身を包んでステッキを持っています。女性は白いブラウスに赤い胸当てのついたロングスカートをはいていて、栗毛で色白でまだ20代前半のような外見です。

女性が男性のお見送りに来ていて、しばしの別れを惜しむ場面のようでした。

「必ず戻ってくるから、ちゃんと待っていてくれるかい? 仕事の段取りをつけたらすぐに戻る予定だからね」

「ええ、もちろんです。お待ちしています」

ふたりは短い抱擁を交わしたあと、男性は列車のデッキへと上がりました。出発の汽笛を響かせて、その列車はゆっくりと動きだします。男性はデッキから身を乗り出して、女性に向かって手を振っています。女性は、男性の姿が見えなくなるまで手を振っていました。きっと彼は戻ってくる。

「今、戻ったよ!」

この言葉を聞けると信じて。

列車の旅は1週間近くかかりました。いくつもの山を越えて、異国の地、外国へと向かいます。現地へは無事に到着できました。

男性の仕事は順調に段取りもはかどり、予定通りに戻ることとなりました。再会が待ち遠しい男性は、遠くで待っている女性に宛てた手紙を送りました。帰る準備を調え、再び列車に乗り込みました。新しい仕事のことや彼女との今後のことなど、男性は期待と高揚感にあふれて、列車の汽笛を心地よく耳にしながら、窓を流れる景色を眺めていたのでした。

男性からの手紙を受け取った彼女は、その日が来るのが本当に楽しみで仕方ありませんでした。どんな格好で駅まで迎えに行こうか、なんの話から始めようか、ついつい顔がほころんでしまいます。

彼のいない約ひと月は長いような短いような、それでいて、期待に膨らんだ未来への明るい希望だけが、心の拠り所となっていたようです。彼は必ず、戻ってくる! だってそう約束したんだもの。