病院に行った時は意識もあるのか無いのかの状態の彼が、歩いて説明を聞いている。話もできなかった彼が、話もできる。救急治療を受けただけで、こんなにも状態が良くなるのかと、改めて感心した。
数日後の手術は、覚醒下手術で、予定通り十時間位かけて無事終了した。覚醒下手術とは、機能を温存しながら脳腫瘍を摘出する事を目的とした手術方法で、手術中話しかけたり、手を動かしたりしながらやる手術だそうである。手術が終わりほっとしたのもつかの間、私達は担当医の先生の部屋に呼ばれた。
「腫瘍は全部摘出しました。ですがご主人の腫瘍は脳腫瘍の中でも、最も悪性度の高い〈こうがしゅ〉またの名を〈グリオブラストーマ〉と呼ばれ、脳内に発生する悪性脳腫瘍でした。脳の中に染み込む様に発症する為、浸潤性も強く、予後の状態も悪い腫瘍です」
と告げられた。
「それはどういうことですか。全摘で取れ、手術は成功したのですよね?」
「ですが、あまり時間が経たないうちに再発する可能性が高いです。今の状態を知るには、詳しく病理検査をしてみないと分かりませんが」
「治療する方法は無いのですか?」
「残念ながら、現在の医学ではご主人の脳腫瘍を完治させる事はできませんし、再発を防ぐ方法もないのです」
「主人は助からないのですか? あとどの位生きられるのでしょうか?」
「余命は長くて二年位だと思います」
と言われた。彼はあと二年で私の前からいなくなる。悪い夢を見ているようだった。夢だったらどんなに良かっただろう。彼がいなくなったら、どの様に生きていけばいいのだろう。学生時代から共に歩んできた私達は、残された時間をどの様に過ごしたらいいのだろう。頭の中には、色々な事が浮かんだが、どれも答えは見つからなかった。
その時、崩れ落ちそうな私を支えてくれたのは、医者である息子夫婦だった。告げられた病気がどれ程絶望的なものか、そして私達家族を待ち受ける運命が、どれ程残酷なものか、分かっていたのだろう。
学生時代から切磋琢磨しながら、色々な事に挑戦し、二人で一つ一つを築いてきた私達。残された時間で何ができるのか、どの様にこれから生きていったら良いのか、まったくと言って分からなかった。
時間はかかったけれど、病気になった事は仕方ないのだと、自分に何度となく言い聞かせながら、これからの日々をどう彼と過ごすか、それだけを考えようと思った。一番辛いのは本人なのだからと。