(よーし、これはあの夢の中の崖と同じだ。これを越えれば、きっと広くて青い空が広がってるはずだ。だけど……もし落ちたら?)
としおの心にまた不安が広がった。目の前のとび箱がさらに大きく長く感じる。
「としお君、さぁいいわよ」
先生の声に、胸がドクンと鳴った。
(とぶなんて言わなきゃ良かった)
としおがうつむきかけた時、耳元ではっきりと声がした。
“としお。おまえ、また馬鹿にされたいのか”
としおは、はっとした。あの妖精の声だ。思わずあたりを見回した。
「としおくーん。どうしたの? 早くー」
とび箱の向こうで先生が促す。としおはもう一度とび箱を見た。
「とべない。やっぱり無理だ」
としおは肩を落とした。
「としおくん、どうしたの?」
とび箱のそばにいた先生が小走りでとしおのところにかけ寄ってきた。
「としお君、不安になるのは、みんな同じ。先生が強力な味方をつけてあげる。さぁ、こっちへ来て!」
としおの手をひくと、先生はとび箱のところまで足早に歩いた。そして、床に置いていた黄色いチョークを持つと、踏み板にチョークで線を横にひいた。一度、としおの方をチラッと見て立ち上がると、今度はとび箱の上の白い布にも線をひいた。
「としお君。思いきり助走して、踏み板のここを力いっぱいけるのよ」
先生は踏み板にひいた黄色い線を指さした。そして、とび箱の布につけた黄色い線を両手で弾むように押すと、
「踏みきったあとは、こうやってポンと押すように手をついて、体を前のめりに出してみて」
そう言うと、としおの方に向き直った。
「このチョークは魔法のチョークよ。これで線をひいてとぶと必ずとべるの。今までこのチョークをひいて、とべなかった子が何人もとべるようになったわ。信じて!」
先生の真剣な顔。としおは夢の中で呪文を教えてくれた妖精の顔を思い出していた。
(そう言えば、あの呪文……)
「べーとーべーとー」
としおは天井を見ながら、何度かあの呪文を小さくつぶやいてみた。
「先生、とべる気がする!」
「その調子よ。としお君、頑張って」
としおはスタート地点に戻ると、大きく息を吸った。胸がドクンドクンと大きく鳴る。としおの耳元でまた妖精がささやく。
“さぁ、とべ!”
“としお、ドジオのままじゃいやだろう”
「ドジオ……」
そうつぶやいた時、としおの中で何かがはじけた。
「くそー」
としおは、いきなり大声をあげながら走り出した。心の中に熱いものが走る。としおは、あの青い空に向かって、思いきり踏み板をけった。
おわり