べとべとべー
としおは先生と二人、だれもいない体育館でとび箱の練習を始めた。放課後の体育館はとても広くて静かだ。
「はい、そこで思いきりけって」
先生の元気な声だけがさびしく響く。としおは半ばあきらめの気持ちで、何度もとび箱に向かった。しかし、何度やっても越えられない。
「としお君、このままじゃとべないよ! あなた、とび箱がとべないことで馬鹿にされたことない? あるでしょう?」
としおは、こくんとうなずいた。
「悔しくないの?」
「そりゃあ、悔しいけど……」
としおはキッと口を結んだ。
「まさと君、言ってたよ。としお君は本当はやればできるんだって。だけど、怖がりだから逃げてるんだってよ。それがわかってるから、としお君を挑発したり怒らせようとするんだって言ってたわ」
「えっ」
としおは先生の言葉に耳を疑った。
(絶対うそだ。まさとのやつ、先生の前だから、うまいこと言ってるんだ)
そんなとしおの心を見透かしてか、先生はとしおに床に座るよう促すと、自分も横に並んで座った。
「としお君、小さいころからまさと君と遊んでいたでしょ。滑り台でまさと君がけがした時のこと覚えてる?」
「あんまり」
「まさと君はよく覚えててね。怖がって滑れないあなたを無理やり、滑り台に連れてったんだって?」
先生は少し笑いながら言った。
「そして、まさと君がふざけて頭から滑り下りたら、勢いがつきすぎて頭をけがしちゃったんだよね」
「……」
「それで、上で見ていたあなたは、あわてて滑り台を滑ってまさと君のところにかけ寄ったんでしょ」
としおは少し首をかしげた。
「あいつは土壇場になればできるのに、いつも怖がってるって。からかって本気にさせようと思うけど、なかなか本気にならないんだって、まさと君、真剣な顔で話してくれたよ」
“おまえ、今日頑張れよ”
帰り際のまさとの言葉がよみがえった。
としおは無言のまま先生の顔を見た。
「やればできる! 先生もそう思うよ。怖がってちゃ何もできない。とび箱に限らずね」
としおはその時、数日前にみたあの不思議な夢を思い出していた。
“考えてるだけじゃダメだ”
“おまえ、悔しくないのか”
としおは、とび箱をにらむように見た。
「先生、もう一回とんでみる!」
「うん。としお君ならきっととべるわよ」
としおは、とび箱を見つめた。