べとべとべー
「泣くな! おまえ、悔しくないのか」
さっきから黙ってとしおを見ていた妖精がどなった。
「悔しいから泣いているんだろ!」
としおもどなり返した。
「いいか。おまえに速く飛べる呪文を教える。鳥族の王者だけに伝わる呪文だ。今から僕が言う言葉をまねしろ。べー、とー、べー、とー、べー、とー。ほら、続けて!」
としおは、すぐには信じられなかったけれど、妖精の言う言葉をまねした。
「べー、とー、べー、とー、べー、とー、べー、とー。なんだよ、これ。とべとべを逆に言ってるだけじゃないか! おまえも僕のことを馬鹿にしてるんだろ」
「いいから僕を信じろ。速くかっこよく飛びたいのなら、さっきの呪文をくり返せ」
としおは妖精の真剣な目に、最後に一度だけ信じてみようと思った。
「べー、とー、べー、とー、べー、とー、べーとー」
妖精は、その言葉を何度もくり返した。としおもいつの間にか真剣になっていた。
「としお! もっと速く、もっと大きな声で!」
としおは、言われる通りに大きな声でくり返した。すると、不思議なことに、体がふわっと上へ上がっていく気がした。
「もっと速く、もっと大きく!」
妖精の声につられて、としおはまた少し速く言ってみた。すると、その言葉を速く言えば言うほど、体が高く高く上がっていくのだ。空を飛ぶスピードもさっきとは比べものにならない。
「うわぁ、すごいや」
としおは目を見張って、下の景色をながめた。
「もっとだ。もっと速く呪文を唱えるんだ」
妖精は真剣な顔でとしおに何度も言った。としおも必死に
「べとべとべとべとべと……」
とくり返し叫んだ。
「ひゃあ、なんなんだよ、この呪文」
気がつくととしおは、鳥族の子どもの中でだれよりも高く速く飛んでいる。まさとが近づき目を丸くして言った。
「としお、おまえ、すっごいな。もうドジオなんかじゃないじゃん」
気分はさわやかだ。なぜか急におかしさが込み上げてきた。真っ青な空を飛びながら、おなかの底から大声で笑った。と、その時だった。
「なぁ、としお。おれと競争しようぜ!」
ふり返ると、まさとがいた。
「ああ、いいよ! 望むところだ」
としおは、そんなことを言う自分が不思議だった。ルールは簡単。空のずっと上の方に翔太がいて、そこを回って元のところに、どちらが早くゴールするかで勝負を決める。
「としお君、頑張って!」
いつもはコソコソと話しかける友也が、みんなの前で応援した。
「ああ」
としおはにっこりと笑った。いつもの仲間たちが集まり、旗を振った。
「よーい、どん!」
としおとまさとが勢いよくスタートした。スタート直後はまさとが少しリード気味だ。としおはさっきの呪文を大きな声で唱え始めた。途端にぐんとスピードは増し、まさとを遠く突き放した。まさとも必死だ。としおは呪文をさらに早く唱えた。ものすごいスピードで、翔太のところへ到着し、上手にくるりと回転すると、下にあるゴールへ向かった。