べとべとべー
としおは家に戻り、落ち着いてくると、自分のとった行動が気になってきた。まさとが意地悪を言うのは今日に限ったことではない。
なぜ、あんなにカーッときたのか、今にして思えば少し恥ずかしい気もする。
そうするうちに、今まで忘れていた手首の痛みが戻ってきた。
としおはテーブルに用意されたおやつを食べながら、はぁ……と大きくため息をついた。
夜になり、布団に入って目を閉じても、昼間のことが頭から離れない。まさとの言葉がよみがえる。
「ドジオ」
涙がツーと一筋こぼれた。唇をかみしめながらも、頭に浮かんできたのは体育の時のぶざまな自分の姿だった。
「としお君。思いきって踏み板をけるの。そして、手をぐんと遠くにつけば、きっととべるわよ!」
担任の山上先生は、いつだってとしおを励ましてくれる。
「としお君、あきらめちゃダメ! 必ずとべるから。もっと自分を信じて」
そんな山上先生の言葉に背中を押されるように、としおは思いきり助走した。踏み板を力いっぱいけって、少しでも遠くに手をつこうとした。
だが、そこに来て急に怖くなった。その一瞬のひるみが手をつくタイミングを狂わせ、右手の手首がぐにゃと曲がった。あとのことは覚えていない。気がつくと、とび箱の下に倒れていた。手首が痛み出し、目の上もヒリヒリしている。
しかし、それよりも友達に笑われているような気がして、おき上がる勇気がなかった。
としおは少し鈍臭さはあるものの、成績は中間くらいのごく普通の小学生。まったく目立たない存在でもない。
(とび箱なんてこの世からなくなればいいのに……)
ふー。布団の中で昼間のできごとを思い出しては、何度も深くため息をついた。
ふぁ~。ため息が、いつの間にかあくびに変わっていった。
「ここから飛ぼうぜ」
いきなりまさとの声がした。としおはびっくりして目を覚まし、あたりを見回した。
「うわー」
一面真っ青な空が広がっている。次の瞬間としおは目を疑った。翔太や友也やクラスの仲間たちが、白いマントをひるがえし空を飛んでいる。
「どういうこと……?」
同時にとしおは、自分が高い崖のてっぺんにいることに、やっと気がついた。
(いったいどうなってるんだ。それにここはどこ? なんでこんなとこにいるのー?)
としおはあまりの怖さに声も出ず、気が遠くなりそうになった。
「さぁ、思いきり飛べ」
突然うしろから子どもの声がした。振り向いて、としおはあやうく崖から落ちそうになった。背中に羽の生えた小さな男の子が、空中に浮いている。