美代子は場の雰囲気を変えようと思い、話題を二人の方へ振った。
「花帆と結衣は子供がいるから、家族と言えるよね」
「何、それ」と花帆がけげんそうな顔付きをした。
「普通、夫婦二人だけだと家族とは言わないでしょう。私なんか同居人という関係かな」
「そうね、子供がいると子育てから学校のことが話題になり夫婦二人の会話は少なくなるよね。子供の話題が中心ということもあるからバランスが保たれている。結衣の所もそうでしょう」
「同感」と首を縦に振った。
美代子は「我が家は子供がいないから共通の話題が少ないの。主人は自分の事務所でパソコンにひたすら向かって一人仕事だし、家の中の事は家政婦さんがやるでしょう。だから私は一体何をすればいいの、という感じでストレスが溜まるのよ」
「外から見ると何て優雅な生活、と思うわね。美代子も悩みがあるのね」と花帆は他人事のように言った。
「花帆はご主人とどんな話をしているの?」
「うちは取り留めのない話題ね。野球がある時は主人が応援しているチームの結果や応援している選手の成績なんかが中心ね。私は野球には興味がないから、適当に相槌を打って主人の気分を害さないようにするだけ。私からは子供のその日の出来事位が中心になる。男の子二人だから家にいる時は賑やかなの。結衣の所は女の子だから静かでしょう?」
「そうね、習い事させているから結構忙しいよ。花帆もスポーツクラブに入れるといっていたよね、何かやらせておいた方が安心ね」
二人の会話を聞いていた美代子は「私も時間つぶしにフィットネスに行こうかなと考えているの。最近たまプラーザ駅の郊外に“グリーンジム”が出来たの。親会社が大手私鉄で田園都市線沿線の奥様連中をターゲットにしていると聞いたわ」
花帆が「美代子行きなさいよ。さっき少しストレスが溜まるといっていたから、丁度いいよ。体を動かすと血液の循環が良くなり、気分がすっきりして、せめてフィットネスに通っている間は余計なこと考えないで済むじゃない?」
「そうかしら。花帆はやったことあるの? 結婚する前に三年間ほど通ったよ。私はホットヨガが好きだった。蒸し風呂みたいな部屋の中で体を動かすと体内の悪い毒素が汗になって出ていくみたいで、終わると気持ちがすっきりしたよ」
「私、着るものがないの」
「もうおばさんだから上はTシャツに下は半パンでいいのよ。今更格好つけなくていいのよ」
「そうだよね、それなら、持っているわ」
結衣が「私も行ってみたいわ。でも今は無理ね。子供が小学校に上がったら考えようかな。たまプラーザなら近いし、美代子にも時々会えるかもね」
三人は、傍から見ると幸せそうな若奥様達に映っているかもしれないが、自ら他人には言いたくない心の闇を抱えている。二年前に突然美代子が結婚すると聞いた時は、花帆も結衣もびっくりした。久しぶりにカフェ“花梨”で会った時もそんな素振りを見せなかったから美代子の心境の変化を聞きたいと思っていた。