迷いながら揺れ動く女のこころ
三人で夕食のテーブルを囲んでいた時、悠真が明るい表情で
「今日の煮魚は美味しいね」
と美月の方に目線をやりながら言った。それまで黙々と箸を動かしていた美代子も
「本当に美味しいわ、美月さん何というお魚ですか?」
「今日は自由が丘の市場まで出かけて、鮮魚店の旦那が超お勧めだよということだったので買いました。アマダイと言っていました」
悠真が
「上品な味だね」
と箸を止めて美月に視線を送った。
「鮮魚店の旦那が、『京都では名前が違うんだよ、グジと呼んで、高級な料亭なんかでお吸い物や焼きものに使われる』と言っていました」
美月は自分が選んだ食材をほめられたことで気分が良かった。
「いい食材はそれなりに美味しいものなんだね」
と悠真が言うと、美月が少しむくれたような表情をして、悠真に向かって
「味付けは二の次なんですか?」
と不服そうに言った。悠真はなだめるように
「そうじゃないんだ、素材と味付けで素晴らしい完成品になるんだ」
「そうですよ」
と美代子も援護して、
「素材を選ぶのも料理人の腕ですよ」
と言いながら珍しく三人の会話が普段殺風景な屋敷に和んだ雰囲気を作り出していた。普段、口数が少ない美月が
「美代子さんのスペイン旅行の話を少し聞きたいわ」
と突然切り出した。悠真も
「アンダルシアの食文化に興味あるなあ」
美月が
「お茶を入れ替えますから」
と席を立った。
「皆さん日本茶でいいですね?」
と一応確認をとるため横並びに座っている二人を見た。悠真が
「お願いします」
と小声で応じた。美代子はおもむろに旅行について話し始めた。
「三年前、サスペンスのテレビドラマを見ていたのですが、それがアンダルシアが舞台だったんです。そこの白壁の景色や細い入り組んだ路地の景観がいつまでも脳裏に焼き付いていて、いつか行ってみたいと思っていたのが今年の夏に実現したんです。嬉しかった。でも現地へ行ってみると今年は異常気象で七月後半から八月初旬には四十度を超える最高気温に遭遇してびっくり。暑さはたまらなかったけど、テレビで見たベージュにも見える少しすすけた白壁の古い建造物や歴史のある教会、そしてまた石畳のある町、どれも南欧を感じさせるものばかりで興奮しました。