ザ・バサラ

悠子にとって突然降って湧いた話であった。面食らった悠子に山倉教授は話を続けた。

「森村先生の了解はいただいている」

それを聞いて悠子はこの話を受けることにした。

結局、去年の七月、大学から出向して岐阜市歴史博物館臨時職員になった。信長の館再生事前基礎調査担当官という職務である。

勤務の初日館長室に呼ばれ辞令を受け取った。館長は悠子に言った。

「君はまた大学に戻った気分で進めていい。言うなら自由研究で信長を選んだという思いでいい。信長の研究はこれまで沢山ある。違った観点から進めてほしい。わたしの報告は月に一度程度でいい。博物館内の資料は好きに見ていい。調査が必要ならどこでも出張してよい。資料がほしいならどこの大学でも紹介する。

これまでにおいて信長の文化、美学、経済の調査は比較的研究が進んでいない。その分野に焦点を絞ればと思う。どこから手をつけるかは君の思った方針でよい。念のため、事前に信長を対象とした書物は見ておくことは必要だ。小説も過大視するきらいもあるが特徴を捉えている印象もある。信長の新しい実像を捉えることができればありがたい。限られた時間だが楽しく気楽にやってくれ」

悠子は話を聞いて緊張は解けたけれど複雑な気持ちであった。その日は挨拶まわりで何も考えられなかった。

そして一晩過ごしたのち覚悟を決めた。やるだけやるしかないと思った。自分に降りかかった運命に驚きつつ、開き直って楽しくやろうと自分に言い聞かせたのだ。悠子の性格が現れた。思い切りのよさ、歯切れのよさである。

一週間して館長室に呼ばれた。

見かけない青年が館長の隣にいた。

「この件を市長に報告した。市長は大変喜んでいた。期待しているといった。市長特有のリップサービスと思うがね。市長とも話し合って君にスタッフを付けることにした。本庁教育委員会の北野君だ。明日から一緒に頼むよ」

「北野優です。よろしくお願いします」

やさしいが張りのある声で言った。

「小笠原です。こちらこそお願いします」

悠子はこの瞬間何かが変わったと心の底で感じとった。天の神様が私の運命を操っているようにさえ思えた。

悠子は二十八歳、北野優は二十四歳という若さであった。ここから「ゆうゆうコンビ」の幕開けとなった。