紗耶香が悠希を連れて例の会に参加したその日の夜のことだった。
ベージュのダイニングテーブルには、悠希が当時のアルバイト先である洋風惣菜店から持ち帰った廃棄のシーザーサラダとフライドフィッシュのマリネが、温い白米と共に並んでいた。ドレッシングに浸かったロメインレタスを箸で突き刺しながら、紗耶香は今朝聞いた「お言葉」を高いトーンで嬉々として話し、会員になることを高らかに宣言した。
そんな沙耶香とは裏腹に、悠希は何か言いたげな空気を出したまま苦笑いを浮かべていたのが少し気がかりだったが、真田はその場では追及しなかった。この日悠希が持ち帰った二品の総菜は紗耶香の好物であり、これ以上に紗耶香の機嫌を取るものは見当たらなかった。
「悠希はどう思った?」
朝は洗面所を紗耶香がスキンケアタイムとして占拠するため、リビングには真田と悠希のふたりきりになる時間が発生する。その瞬間を見計らったかのように、スーツのジャケットを手に取りながら、真田は昨晩聞かなかった意見を求めた。すると悠希は表情を曇らせながら静かに思案し、言葉を濁しながらそれに答えた。
「講演の内容自体は良いものだと思ったよ。真面目だけどフレンドリーで明るい感じだったし」
でも会員の人たちの雰囲気とかは苦手だったな。
重い口を開いてそう付け加えた彼女に、真田はその理由を掘り下げる質問をした。
会員は主に三十代から四十代前後の女性とその配偶者、そして高齢者が多く、女性たちは講演が始まる一時間前に集会所に到着し、室内の整備やお茶の準備など、雑務関連を全面的に引き受けているようだった。その一方で、男性会員と年配者は講演開始の十分前ほどにタクシーで到着するという流れで、家父長制と年功序列の風潮が強く漂っており、それに悠希は難色を示した。
また、会員の中でも役職などが決められており、階級が上がれば年齢や性別は関係なくスピーチの機会が多く与えられるが、そこに甘んじて傲慢になる者と、かえってプレッシャーに感じてしまう人の差が激しいと感じたらしい。
「一回行っただけだから、詳しいことはわからないけどね」
悠希はそう言ってその場しのぎに笑った。
昭和時代に生まれ地方から上京し、バブル期を謳歌してきた沙耶香と、平成初期に生まれ多様な文化を物音ひとつ立てずに感受してきた悠希の間には、無意識的な靄がいつもかかっていた。互いにとってそれは不便な存在であり、時間を追うごとに濃い乳白色に、さらには薄い灰色へと変化していった。
真田は沙耶香と同世代の人間であったが、悠希からの信頼が幼い頃より真田に向けられることのほうが多かったことと、それゆえにふたりの感情共有が家庭内で最もスムーズに行われてきたことから、真田は沙耶香からの会への参加を正式に拒否することを決めた。
振り返ればそれこそが、このありふれた核家族の脆さを浮き彫りにし、その後の三人の生活に変化をもたらす要因だったのではないかと、真田は紗耶香から別居を切り出された日に考察した。
悠希は就職してから二年目に一人暮らしを始めた。今思えばその行為は、親からの巣立ちというよりも、母親と父親を互いから解放するためのもので、現にその半年後に、真田と紗耶香の離婚届は無事に受理されていた。