ベスト・オブ・プリンセス
すると千鶴はその微かな気配を感じ取ったのか、両脚を内側と前方に少しずつ動かし、九条の脚を軽い力で挟んだままティーカップの最後の一滴を飲み干した。
彼女の形が整えられた眉毛が、自分よりやや色素の薄い瞳が、通った鼻筋が、セーラ服の袖口から覗く手首の骨の突起が、九条のスクリーンに鮮明に映し出される。
その煽情的で挑発的な色と香りに圧倒され、彼女はとっさに自分の脚を引き抜いた。そして慌ててコーヒーカップに手をかけて口に押し当てたが、舌には陶器の感触しか残らなかった。沈む夕陽に照らされた店内には、普段は寡黙なマスターの鼻歌が映画音響のごとく添えられていた。
帰り道、九条は千鶴の大学受験日が近いことを理由に、卒業まではもう会わないことを提案した。そのとき、千鶴がどんな表情をしていたかを、彼女は意識的に見ないようにした。
否、見ることができなかった。自分の想像を遥かに超えていく彼女の成長と変化に伴い、抱きつつあった畏怖の念が限界を超えてしまったのだ。そしてその後、ふたりがあの映画館に行くことは二度となかった。
短大に入学した九条は、休みを縫うように祖父からの小遣いを使って海外旅行に勤しんだ。そのたびに母が呆れた視線を強めていったことはわかっていたが、得体の知れぬ衝動に突き動かされたように様々な国への渡航を繰り返した。