二十七

風が出てきた。アトリエの古い窓ガラスが短い間隔で鳴る。そのすきまからは冷気が入り込んできて、修作の下半身を覆う。ズボンをはいていても冷たい空気が通り抜けていくのがわかる。急な強い風に、ガタッと鳴った窓ガラスが、

「コラッ!!」

と聞こえて、修作は背中の病巣がうずくのに、身ぶるいした。

ちっとも思い通りのものなどできやしない。いつも自分の技量に修作は裏切られる。いつになったら満足が得られるものがつくれるのか。では、満足のいくものとはなんぞや。思い通りにできたとして果たしてそこに満足とやらはあるのか。考えや技量を無意識に裏切り、凌駕するものができた時こそ、よりよい満足に近づいた瞬間ではないか。

二十八

いつのまにか雨がアスファルトを黒く光らせていた。柿の木が、葉を落としたせいで、鈴なりのオレンジ色に熟した実が、強く目に飛び込んでくる。その実をつつく鳥たちの鳴きかわす声が、雨音を切り裂くように届き、そぞろな気は目から耳に移っていく。

一瞬静まりかえった後の虚無感がなんだかすべてを済ませた感覚に、やり場のない意識は吸いとられていくようだ。かさりと渇いた音が雨の降るなかに聞こえて、またぞろの今に引き戻され、さしてかわりばえのしない意識がそれでも葉の落ちる前と後にはズレがあるだろう、などとよしなしごとを思ってひとつため息をつく。

石の蕾は開いてはくれない。貴女たちのことを修作は生涯忘れることはできないのだろう。自分でもなさけないのだ。忘れたいのに影のように修作の背中にはりついている。貴女たちは修作が愛というものが何かをわかっていないのよ、といつも言ったけれど、修作は少なくとも貴女たちより愛が何かを知っている。

愛とは忘れないことだ、と。愛する女性の前では口も利けない男がいた。もっとも、男が愛したのはスクリーンのなかの女性だった。天使のような……はじめから口など利けないのだ。したがって男は生涯を独身のまま、終えた。

しかしいったい何人も彼を笑ったりできない。なぜなら、誰よりも彼は愛が何かを知っているのだから。たった一夜を胸に生涯を暮らす人がいてもいいじゃないか。一夜限りの愛をよすがに一生を終える人がいてもいいではないか。一夜明けた朝の寝起きの街を、一夜の満ち足りた一瞬を噛み締めるように一人歩いた日の路傍に這い出した汚穢すら美しく思えたあの日を忘れない。

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