第三章 運命の人
十二月二十四日。
依然としてミヨからの連絡がない達也は、一人部屋にこもっていた。達也だけが真夜中の静けさに置き去りにされていた。落ち着かず、結花にメールを送信する。キーを打つ無機質な音が響く。
『結花、おっす。数学はその後どう? 僕は英語の長文に苦戦してるよ。明日から、夕方まで冬期講習の授業があって、いよいよラストスパートって感じだね。俺たち受験生にとってはクリスマスも何もないな。今はがんばるのみだね。これから国語の問題にとりかかります。眠い』
数分すると、結花からの返信があった。
『達也くん、ハロー。数学、なかなか点数上がらないんだよね。今、解いていた証明問題なんか部分点も入らないし。最悪! 今年のクリスマスは仕方ないよ。来年、素敵なクリスマスを迎えられるように今年は我慢してお互い勉強だね。絶対受かって、来年弾けまくってやるんだ。私はこれから理科の物理分野に取りかかることにするよ。同じく眠い』
「問題を解いてる時も怒ってんじゃねえか、結花は。さて、僕も」
問題集に向かった達也だったが、ミヨとの進展のないことで居たたまれなくなり、部屋の窓越しに夜空を見上げた。ミヨへの想いは、冷たい風にさらされたままだった。
達也は自分の吐息で曇る窓ガラスを拭った。結局この日も、ミヨから連絡が来ることはなかった。先ほどまで雲に隠れていた月が姿を現し、夜を照らしている。
「会えなかったな……結局」
携帯を持つ達也の右手が震える。切なさでミヨへの想いまで凍えてしまいそうになる。
その時、携帯の着信音が静まり返った部屋に響いた。時刻は十一時五十五分を回っている。公衆電話からだ。
「誰だろう?」
達也は受信ボタンを押し、電話にでる。
「もしもし……?」
「達也くん?」
声というものはこんなにも距離を越えるものなのか。
「よかった、まだ起きていてくれて」
「ミヨ先輩、どうして公衆電話からなの? 今どこにいるの?」
「体を壊してしまって。今、信州中央病院。入院しているの。さっきようやく体を起こせるようになったから。達也くんの声が聞きたくて、私」
受話器越しにミヨの息遣いが聞こえる。自分の心臓の鼓動に重なって聞こえてくる。
「ごめんね会えなかった……今日」
「いや、先輩が少しでも元気になってくれたら、僕は」
会いたいという言葉が口をついてでそうになる。携帯を握る手にいつも以上に力が入ってしまう。
「達也くん、あのね」
受話器越しにミヨの声が震えているのがわかる。
「メリー……クリスマス。直接、達也くんに言いたかった」
鼻腔の奥がツンとした感覚。涙があふれそうになる。
「メリークリスマス、ミヨ先輩。電話ありがとう。すごいうれしかった」
受話器からミヨのうれしそうな吐息が聞こえる。
「ミヨ先輩、そろそろ横にならないと。風邪ひいたら大変だ」
ミヨからの返事はない。二人の沈黙が、会いたい気持ちをより一層高めてしまう。
「達也くんから切って。私、切れない」
携帯を持つ手が震える。
「じゃあ……おやすみ」
「うん、勉強がんばってね。おやすみ」
電話を切った達也は、強がって見せたことを悔やんだ。ミヨとの初めてのクリスマスが、たったの五分間だったなんて。
悲しい想いはしたくないことはよくわかっている。ずっと続くことのない会話もよくわかっている。だけど……。
達也はミヨの声を抱いて眠りに就(つ)いた。