「何アホなこと言うとんねん。そんなん、あかんに決もうとるやろ」
「けど、俺ら、結構、人気あんねん。やっていけるんとちゃうやろか。人気出たら、家くらい新築でけるかもしれへんで」
「学校で、同級生相手にやって、ちょびっとくらいうけたって、そんなん、あてになるか。高校生くらいんときは、何でも笑うねん。それこそ箸が転んでも笑うねん。そんなんでええ気になってどないすんねん」
そこに、母が続けて、
「大体が、うちは、畑山ちゅうねん。農業はできても、漫才には向いとらん」
「そんなら、おやじは何でサラリーマンやっとんねん」
父は、
「わしはサラリーマンちゅうても営業じゃ。兵庫から大阪中の家を回ってええ商品を紹介して、みなみな様の心を耕して心に花を咲かしとんねん。そん中でな、いくつかは契約成立ちゅう実がなりよんねん。その実を収穫して暮らしとんねん。どや、立派な農業やろがっ!」
「うまいっ!」
と母が賛辞を送った。耕作はこのままではまずいと思い、
「普通の家と畑とはどう見ても違うやろ。いくら何でも、むちゃな例えやで」
と言うと、父は、
「だからお前はアホやちゅうねん。家ちゅうてもな、いい畑もあれば、やせた畑もある。家ばっかりでかくても、人の話も聞こうともせん畑は実がならん。やっぱり人は土やな。いい土を見つけたら、何度も何度も行って、じっくりと耕してくと、最後には一杯実がなんねん」
耕作は、やっぱりかなわんと思った。母も拍手をしながら、
「よっ、父ちゃん、農家の大将っ! 日本一の畑の山!」
とはやし立てたと思ったら、二人は肩を組んでラインダンスを始めた。この両親ゆえの自分かと耕作は思ったものの、とにかく漫才の道はあきらめた。
そこで畑山が選んだ道は、警察官であった。警察官になるためには、もちろん学力も必要だが、何より体力、運動能力が必要とされる。お笑いをしようとしていた人間に果たしてそんな体力や運動能力があるのかと思うと、これが意外とあるのである。
今のお笑いは昔の漫才師と違い、単に喋るだけでは駄目なのである。身振り手振りで表現したり、カンフーのように動いたりと、時に激しい運動能力が必要となることもある。ボケれば、殴られたり蹴られたりすることもある。畑山はそうして、いろいろなお笑いをするうちに自然と身体も鍛えられていたのかもしれない。もちろん声を張り上げるので発声能力も鍛えられ、体力や運動能力さらには発声能力に至るまで、学力以外の諸条件には全く問題がなかったのである。
そして警察官は、何より公務員として生活も安定しているので、家族の期待にも沿うことができた。
そうして、結局、畑山は、芸人とは全く真逆ともいえる、世の中で最も堅い職業に就いた。