二 午前…… 十一時三十分 ドリームアイ乗車
「そろそろだな」
列が進むごとに仲山の気分は高揚してきた。けれど、九歳の小学生にとっては違ったらしい。並ぶことに飽きてしまったようで、仲山は慌てて近くの自動販売機でジュースを買った。
「ほら、オレンジジュースだ。飲んでれば順番が来るぞ」
「ええ~、違うのがよかった。なんで勝手に決めちゃうの?」
「そ、それは悪かった」
焦っていたので無難なものを選んだつもりの仲山だったが、娘の好みではなかったらしい。ペットボトルのキャップを開けて渡そうとするが、凛はふいと横を向いた。
「やっぱり凛、メリーゴーランドがいい。あとね、みんなが躍ったりするショーがあるんだって。それも見たいよ」
「もちろんそれはあとで連れていってやるから、ほらこれ……」
「いらない!」
「あっ!」
ちょうどその時、自動販売機の方に向かおうとしていた老人が傍を通りかかり、仲山とぶつかった。衝撃で凛に渡そうとしていたジュースが溢れる。それは相手の手首にかかってしまい、仲山は慌てた。
「こ、これはすみません……!」
ちょうど後ろに並んでいた老紳士だ。仲山のよれたジャケットと違い、きちっとしたスーツを着ている。仲山は焦りつつもポケットからハンカチを出した。几帳面に折りたたまれたハンカチを広げ、頭を低くしながら老人の濡れた服や腕時計に当てていく。
「あ……ご、ごめんなさい……」
凛が小さく泣きそうな声を出す。それを見て老紳士はにこりと微笑んだ。
「いやいや、小さいのに謝れるのは偉いよ」
「そう言っていただけるとありがたいのですが……こんな記念の日に、申し訳ない……」
拭き取りながら、仲山は謝り続けた。見れば、腕時計の秒針が止まってしまっている。もしかして、今ぶつかったショックで壊れてしまったのかもしれないと、仲山はますます焦った。このままではゴンドラの順番が来てしまう。
どうしてこんなにも予定通りにいかないんだ、と言いたくなるのを仲山は何とか抑え込んだ。彼にとって、スケジュールがずれることは苦痛に等しいのだ。
ちょうどそこに、ドリームアイの係員の女性がやってきた。
「お客様。お取り込み中のようですが……」
「ああ、これは……」
老人は仲山から数歩離れ、若い女性スタッフに耳打ちする。彼女は瞬きしてから相手に小さく何かを確認した。
聞こえないが何の話だろう、と仲山は不安に思ったが、係員の女性はすぐに笑顔を作った。
「お客様、大変でしたね。少々まだお時間がいるとのことで、お先に後方の方からご案内させていただいてもよろしいでしょうか? 順番が前後しますが、乗れなくなることはありませんので」
胸に『滝口美香』とプレートをつけた女性スタッフは、仲山と老人に交互に視線を送る。