「我々だってそうしたいんです。けど、むりなんです」
「どういうこと!?」
「患者さんがいっぱいで受け入れを拒否されたんです。すぐに近くの病院に搬送します!」
さとるの唇は紫色になっていた。ぜいぜいと苦しそうに息をしている。
「なにやってるのよ。搬送先なんて、いくらでもあるでしょう!?」
「それが列車とトラックの衝突事故でケガ人が大勢でて、どこもいっぱいなんです」
その後も受け入れ拒否はつづいた。
実際にたらいまわしがあるなどということが、久仁子には信じられなかった。
遅れれば遅れるほど、助かる可能性は低くなる。事実、さとるの呼吸はだんだんと弱まっていた。
「どいて!」
久仁子は救急隊員を押しのけ、さとるの前に陣取った。
おろおろしながら息子の体を上から順に、ていねいに診ていった。それまでの久仁子はリハビリテーション科の回復期病棟のドクターをしていたので、専門は四肢切断者の義肢・装具の調節や、人工関節置換術後の動的バランスの調整である。急性期の患者を診るのは研修医以来のことだった。
撥ねられたあと、強く地面に叩きつけられたのだろう。まず、肘と両脚が折れていた。胸郭も軟体動物のようにぐんなりとしていた。肋骨が折れているのだ。呼吸音の減弱の原因は、おそらく折れた肋骨が肺に突きささり、そこから空気がもれているのだろう。
――どうしたらいいの······。
久仁子は狼狽した。とにかく状態が悪すぎる。頭を強打している可能性が高い。内臓がやられている恐れもある。診断はできても、自分ではどうすることもできない。
一刻の猶子もない。
さとるは虫の息だった。両目を閉ざしたまま、人形のように動かなくなっている。治療室で専門医が診ないと、治すことは不可能だ。
「なにやってるの! はやく!」
「もうすぐです!」
八つめの病院で、ようやく受け入れが承諾された。
音原大学附属病院という総合病院だった。乗ってから三十五分が経過していた。
久仁子は車をおりると、タオル一枚の息子を乗せたストレッチャーを、待っていた救命スタッフとともに押してER(救命救急センター)へ駆け込んだ。
すぐに体のあちこちに、心電図モニターの電極が貼りつけられた。
「肋骨が折れているの。それが肺に突きささって、そこから空気がもれているんだわ」
「お母さんはさがって。······心拍のリズムが乱れている。除細動だ」
除細動とは、心臓のけいれんをおさめて規則正しい収縮を復活させるために、心臓に電気ショックを加えることである。
バシッ!
さとるの体がびくんと弓なりになった。
「もう一度おねがいします!」
エネルギーをチャージ。ふたたび電気ショック。
バシッ!
♪シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた
「もう一度おねがいします!」
「······残念ですが」
ピ――――ッ·····
心電図モニターの波形がフラットになった。心筋の動きが完全に停止したのだ。
「さとるっ! さとるううぅう!」
久仁子は泣きさけんだ。
「おねがいっ。おねがい、もどってきてえぇえぇぇ―――っ!」