ピントは当時のすべての連邦安全基準に合格していました。しかし数年後に発効される新基準では合格しないことをエンジニアたちは知っていました。実際に新基準に沿った試験を行っており、12回の後部衝突のうち11回が不合格だったのです。ガソリンタンクが破裂し車が炎上するという、事故をそっくり再現するような結果でした。

フォード社は、タンクにシートを装着したり、タンクの位置を変えれば新基準に合格することを知っていましたが、改善はしませんでした。

フォード社の自動車安全担当取締役は、販売台数1250万台×改善費用11ドル(1430円)=約1億3750万ドル(178億円)と、死傷者の出る火災180件×(死亡による損失20万ドル(2600万円)/件+負傷による損失6万7000ドル(871万円)/件)+車両炎上2100台×車両損失700ドル(9万1000円)=約5000万ドル(65億円)の2つの額を示した資料を作っていました。

後に「ピント・メモ」と呼ばれる資料です。危険を知りながら、タンク1台に11ドル(1430円)をかけるよりも、事故による死亡やケガを補償するほうが安くあがる。フォードはそう判断したようでした。

このメモそのものは証拠として認められませんでしたが、元エンジニアらの証言により、欠陥がありながらそのまま車を市場へ投入したフォード社の姿勢が明るみにされていきました。

陪審員による審議はわずか1日半でなされました。グリムショーとグレイの遺族にフォード社は補償的損害賠償として310万ドル(4億300万円)を、「懲罰的損害賠償」として1億2500万ドル(162億円)の合計1億5100万ドル(196億円)を支払うよう評決しました。

それまでの人身傷害事件の「懲罰的損害賠償」としては最高額でした(後に裁判官の判断で懲罰的損害賠償は350万ドル〔4億5500万円〕に減額されています)。陪審員は、フォード社の姿勢を

「消費者の権利に対して無謀といえる無関心(Reckless Indifference)」

と評し、同社が

「再びこのような車を設計しないように」

と、1億2500万ドル(162億円)の理由を語りました。フォードはこの後、ピントをはじめ同じように炎上の恐れのある約150万台をリコールしました。

「マクドナルド・コーヒー訴訟」も「フォード・ピント・ガソリンタンク訴訟」も、人間を数値として扱ったことが陪審員の怒りを買い、高額な「懲罰的損害賠償」につながりました。「懲罰的損害賠償」の仕組みが有効に働いたわけです。ただこれらの事件には議論があることは事実です。

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