指輪に込めた思い
「ところで秀一、指輪はどうした? あの時は思いをたちきるために、海に投げ捨てると言ってたな」
一平の言葉に、秀一は、ポケットからおもむろに指輪を取り出して言った。
「投げ捨てようとして思いとどまったんだよ。あれほど好きになった人への気持ちを、たちきることなんてできない。むしろ、そんな自分の心を大事にしたい。指輪はそのお守りかな」
一平は、優香の喜ぶ顔を思い浮かべていた。秀一は続けた。
「東京に帰れば、少しは忘れられるかもしれないと思ったけど、ダメだった。むしろ募ってるんだよなあ」
優香のその後を聞かないでいる秀一を、一平はいい奴だなと思うのであった。一平と秀一は、翌日もう一度スナックで会うことを約束した。
再会
二人で気持ちよく飲んでいるところに、一人の客が入ってきた。その客は、真ん中の席に座った。
「よく来てくれたな」
一平の言葉に、「勇気がいったわ」。
聞き覚えのある声に、秀一は驚き顔を上げた。
〈優香だ、夢に見た優香がすぐ近くにいる〉。
秀一は少し躊躇いながら、ゆっくり優香に近づき、隣の席に腰をかけた。
「久しぶりだね、元気だった?」
「秀一さんも元気だった?」
秀一も優香もドキドキが止まらないでいる。
「たちきれない心を持ち合う二人の再会は、胸キュンものだなあ。秀一は35か、優香は25だな。その年で高校生の純愛みたいな物語か。感動ものだ!」
一平は、にこにこしながら三人分のワイングラスを準備した。
「秀一覚えてるか。シャトーシャススプリーンだよ」
「覚えているよ、でもどうしてだ」
一平は、優香のその後を語り始めた。優香は、昨夜、一平から秀一の本当の気持ちを伝えられたのだ。
「優香、もう明日しかチャンスないぞ」
一平に促された優香は、自分の気持ちを、一平から秀一に話して欲しいと頼んでいたのである。一平は、秀一に言い聞かせるように語るのであった。
「優香がこの店を訪れたのは、秀一と別れてから一週間後のことだったよ。入ってくるなり、いつもの優香と違うなと感じた。何かあったのかと尋ねると、秀一へのたちきれない気持ちを吐露し始めたんだよ。秀一の気持ちを確かめたくて、他の男性の話をしたところ、あっさりとその縁談を勧められてしまった。別れを告げることなく去っていった秀一への思いはますます強くなった。言うまでもなく、他の男性からのプロポーズは断ってるよ」
秀一は、嬉しさと喜びで胸が一杯になり、静かにやさしく優香の肩を抱くのであった。
秀一と優香は、東京都郊外に居を構えた。秀一は、人生をかけてやり遂げたい夢を持つようになっていた。それは、人が人によって変化し、自分の道を見出していけるような、場を提供することである。絶望から抜け出せないでいる人たちが、誰かにその苦しみや困難を話すことで、心を蘇らせることができるのではないか。かつて自分がそうであったように。
秀一は、誰かに何かを聴いてもらいたい時に、気楽に訪れることができる場づくりをめざすようになっていた。優香と共に自分の人生を見つけることができたのである。
「まずは、カフェをオープンしよう、自分達がめざす場づくりは、その延長線上に必ずある」
秀一の決意を心に刻みながら頷く優香。二人は、満足感で満たされていくのであった。