飛燕日記

彼は常々、自分の部屋が欲しいと言っていた。同僚とロフトつきのワンルームに相部屋をしているため、気を遣って休めないことが悩みだった。

だが、今から二週間前、ついに自分で部屋を借りることにしたという連絡があった。念願が叶ってさぞかし喜んでいるだろうと思ったが、引っ越し祝いで行った中華料理屋で、彼は冴えない顔をしていた。

「保証人が必要です」

とは言っても、家賃などの肩代わりをするものではなく、住人が消息を絶った際に家具家電を引き取るというものだ、と説明した。

私は契約書に二つ返事でサインをした。だが、そのことをなにげなく母に話したところ、とんでもない話だと騒ぎになり、直接その男に会うということになったのだった。

母はいくぶんすっきりした顔で帰って来て言った。

「子供のころ、近所にいた頭の足らない男の子に似てるね」

衝撃が走った。そして、自分の非常識な行動を心から後悔した。

母は私がトラブルに巻きこまれないようにと最善をつくしてくれたのだろうが、少なからずチャンスとも思ったのではないだろうか。会社に出戻った六歳上の男性と、くっついて欲しかったのだろう。

彼はコピーしたDVDを大量にくれて、その映画について熱く語る人だった。連絡先も交換し、休日にはたびたび一緒に出かけた。今はアルバイトだが、いずれは正社員に戻るつもりだと言っており、新築の一軒家に両親と暮らす親孝行さも兼ね備えていた。そして、駅の雑踏に紛れて私を待ち伏せるという愛の深さもあった。

本人の意思など関係ない。親は、子供が欲しいものではなく、自分が与えたいものを与える。

赤いルーはやはり辛すぎた。刺激が神経に伝わり、視界まで潤む。ラッシーでやりすごそうとしたが、塩味しかしなかった。