【前回の記事を読む】子供の将来が諦めきれない…母親の現実離れな望みの末に起きた悲劇
第二条「形を求めすぎない」
苦しみの結界からの解放
彼は、よろこんで私の家に泊まるようになり、私の仕事の無い時には、海に近い利点を生かし、彼を助手席に乗せ海岸をドライブしたり、近くの観光地に行ったりした。
夏以外の季節には、少しばかりのサーファーや観光客がいるだけで、広い砂浜が在るだけの場所である。しかし、砂浜を、ただ歩くだけでも、彼には新しい体験であり、気分転換にもなるようだった。
そんなある日、砂浜の足跡を彼は、「これは、サーファーの足跡だと思う」と、私に示して言うので、「なんで、そう思うの?」と聞くと、「こっちの足跡と比べると、こっちのは、ほら、少し、めりこんでいるでしょう。サーフボードをかついでいるからだと思う」と言うのである。
「ふーん。よく分かったわね。そう言われてみれば、たしかにそうね。B介くんは皆にバカだと思われているでしょ。でも、君は、本当は頭の良い子なのよ。小さい時から知っているから、頭の良い子なんだって私には分かるんだ。ほら、こういうことって、考える事ができないと、気がつかないんだよ。
なんで、こっちの足跡は砂に深くめりこんでいるんだろうって、疑問を感じたよね。そして、めりこんでいるのは、体重が重い人か、それとも重い物を持っているんだろうって考えたでしょ。そういうことを論理性と言うのよ。論理性のある人が、バカなわけはないんだから」と私は、小さな事でも彼が気付いたり考えたりしたことを、一つ、一つ、誉めるようにした。
そのうち、彼は、物心ついてからの事を、私に少しずつ話してくれるようになった。
「小学校で、ずっといじめられてて、いつも頭が真っ白で、何も考えられなかった」
「勉強できないからって、いろんな塾に入れられた」
「学校の先生を退職した先生が塾やっていて、そこはよかったんだけど、成績が上がらないからって、お父さんが、すぐにやめさせて、すっごいスパルタ式の塾に入れ直したんだ」
「そこでは前よりもっと分かんなくなって、いつも頭は真っ白だったからできるようにはならなくて……」
「いくつか転々とさせられているうちに、親も、あきらめて、行かなくてすむようになった」
「小学校も、中学校も、イジメられても、よく通っていたね」と、私が言うと「休み時間はつらいけど、授業中はイジメられないから……」と、言う。
私と夫は、B介君のあるがままの姿を受け入れ、彼自身が、どんなにか素晴らしい心を持っているのかを気付かせてあげた。そんな苦しい日々の中でも、彼は自分たち家族に無関心で、遊んでくれたり、優しくしてくれる事が少ない父親を恨む事は無かったのだ。又、母親の事も悪く言う事はしなかった。
彼は、とても気立ての良い子なのである。