花魁になりたかったのはわたし。でもそれは、いちばんは家族のためだった。家族のためを考えるなら、お妾でもありがたい身請けをお受けするほうが、いいのかもしれない。今よりも実家へ帰ることを許してもらえるなら、そのほうが喜んでくれるにちがいないと、碧衣は考えました。
しばらくして碧衣は、10 年近くお世話になった置き屋をあとにして、初老の旦那さんのお妾となりました。旦那さんは碧衣のことを、とても大事にしてくれました。着てみたかったあでやかな着物を用意してくれて、至れり尽くせりの待遇を享受しました。碧衣にしてみれば、ありがたすぎる身請けだったようです。
生活に困ることもなく、不自由のない境遇でしたが、自分の心を置き去りにしたままということを、気づかないまま封印していました。
しかし、これで本当に良かったのだろうか。家族のため、お金のために、わたしは生きてきた。旦那さんもわたしのことを大事にしてくれる。なにを不満に思うことがあろうか。いつのまにか、すっきりしないモヤモヤを、碧衣は抱くようになっていたのです。
月に一度、実家へと戻る生活を続けていました。親が喜んでくれる顔を見るたびに、これで良かったのだと、碧衣は思うことに納得していたようです。碧衣の、本当の気持ちはどうだったのでしょう。私は、とても気になりました。心の奥にある碧衣の本当の望みと、一致していたのかなって。
もしも、碧衣が無意識に気づいていないなら、なにか予期しないことが起こらなければいいなと願うばかりです。たとえお妾だったとしても、表面的には幸せな状況を体験していました。碧衣の選択に、後悔はなかったようです。家族のために、ひたすら仕事を続けてきた碧衣にしてみれば、仕事から解放された身請けは、身体にとって必要な休息だったのかもしれませんね。
碧衣さん、本当にお疲れさまでした。不自由ない生活をさせてもらって、旦那さんが亡くなった後は、碧衣は実家へ戻ることを決め、両親の面倒を見ることを厭いとわず、そして、ひっそりと生涯を終えたようです。家族のために捧げてきた生き方が、ようやく幕を閉じました。
「もしも、生まれ変わることがあったなら、そのときはなんとしても、心から好いたひとと結ばれたい! 他人からどんなことを言われたとしても、自分がこの人と一緒になりたい! そんな旦那さんを見つけるんや」
碧衣は意識が徐々に遠のきながら、心のなかの叫び声が聞こえていました。