【前回の記事を読む】【小説】今ではとても信じられない!世界大戦直後の日本の政界事情とは?

第三章 宿舎での生活

山本さんは学生の雄太をよく神楽坂の料亭に誘ってくれた。色白で端正丸顔のマスクの笑顔をかたむけ

「青山君、今日はちょっとした収入があったから、神楽坂で一杯やろうよ!」と誘ってくれた。

雄太は「収入って何ですか? 法律事務所でのコンサルタント料でも入ったのですか?」と聞いてみようと考えたが、「下衆の勘ぐり」と思われるのがいやで止めた。

雄太は議員宿舎出入り口正面にあるロビー&談話室に用意されていた新聞(朝日、毎日、読売、日経の四紙が配備されていた)を見ながら待っていた。待つこと十分ほどで山本さんは湯上り、白桃色顔のいでたちで現れた。お風呂に入ってきたのであろうか、議員宿舎での楽しみの一つが、早くから入浴が可能なことであった。お風呂は午後三時から利用できるようになっていた。ネクタイ無しの粋な臙脂色のジャケットを着こなしていた。

「いや待たせたね。すまん、すまん」とポマードで塗り固めた頭には湯気が立ち昇っていた。

雄太はいらいらする内心とは裏腹に笑顔で、クリーニング店から配達されたばかり、糊の利いた白いカバーで覆われたソファから立ち上がった。

カバーは週に二度交換するきまりになっていた。国会議員も利用するこのロビーを少しの汚れでも、「国政を預かる国民の代表である我らが利用する待合室がこんなに汚なくては国民に申し訳ない」と非難の的とされる恐れがあったためか、事務所側も特別の配慮をしていたのではないか。