先に行ったさよちゃんはどこだろう。視線を惑わせるが、探す必要もないほどすぐに見つかった。薮を抜けた先、花畑の奥、斜面の縁に植わっている大きな木の傍らに、彼女は立っている。
その木は小さい頃(といっても中学に上がる前)によく登った木で、私もさよちゃんも、その木から見える景色が好きだった。
「小さい頃よく登ったよね、この木」
幹を撫でながらさよちゃんが呟く。またしても頭の中を読まれたような言葉に一瞬硬直してしまうが、すぐに笑って返した。
「て、言っても四年くらい前だよ。私が小六の時までだもん、けっこう最近じゃない?」
「ということは私は中一か……うん、最近だ」
「まだいけるかな?」とさよちゃんが幹に両手を回し太い枝を見上げる。「いけるよ」と言えば躊躇なく這い上がって行きそうなほど、その瞳は好奇心に満ちている。
「無理でしょ。登れても、枝が折れちゃうよ」
「なによそんな人を重いものみたいに」
「昔よりは確実に重くなってるでしょー」
「うーん、言い返せない」
あっけらかんと笑うさよちゃんの口許で、とがった八重歯が顔を覗かせる。
その瞬間、遠く離れた向こうの山から一陣の風が吹いて来て、さよちゃんの髪を掻き乱していった。
この場所は展望台よりも高い所にあり、見晴らしもいい。彼女の奥には青い空と緑の尾根が広がっている。そして手前ではクリーム色の山百合が、私に立ちはだかるように──彼女を守るように咲き乱れている。
空と山。笑顔の少女と百合の花。それらが一つの視界に納まっている。
「彼女が連れていかれる」そんな焦燥感を覚える神秘的な情景。まるで一枚の絵画のような、完成されたシチュエーションに、言葉を失ってしまう。
それでも笑顔を返せたのは……意識したことじゃなくて。なんのことはない、その情景が綺麗すぎて呆れてしまったからだ。呆れて、思わず笑ってしまった。