十八
「君はどこに行こうとしているのかね?」
不意にどこかからそう尋ねる声がした。
声の感じからかなりな年配者だろうと修作は思った。
空耳だったかもしれない。あるいは幻聴を聞いたのかもしれない。
それに対して修作はしどろもどろ、むにゃむにゃやっていて答えにならない。
どこに行こうとしているのか?
それがわからない。だから答えられるはずもない。
迷妄の二十代前半、修作は東京の街を転々と暮らした。その頃のことを詰問されてのことか。いや、いまだに所帯の定まらないことをだろうか。
事実他界した父親があきれはてたように、どこに行っても同じ、と言っていたものだ。
十九
九月の風のなかに電話の音が聞こえた気がして左側の開いた窓の外を見た。
近頃、どうも耳の調子がちとおかしい。外に電話などあるはずもない。ましてここは二階の部屋だ。
あるいは外を歩いている見ず知らずの人のケータイでもなったのだろうか。不思議とそれが遠く北のほうの人たちがいっせいに鳴らしている、そんな錯覚に捉えられて、修作はいいしれず躰が震えた。
耳をそばだてたが、もう、二度と電話の音は聞こえてこない。
昼になり降りだした雨の中、コンビニまで昼食を買うために仕事場を出た。
「なんだオマエは?」
まただ。
振り返り見ると曲がり角を黒い影のような男が、すうーと隠れるようにし辻を曲がった。
やはり父のようだ。
ふと誰かが後ろからついてくるな、と胸がザワザワした時、振り返ると、ささっと辻の角に入ってしまう、黒い影を度々見てきた。今回もそうなのだな、しかし、その影が声をはっきりかけてきたのははじめてだ。まして、「なんだオマエは?」とは変だ。息子の後をついてきているはずだのに、なんだオマエは、は腑に落ちない。
しばらく歩いて、フェイントのように辻ではない場所を選んで振り返り見た。するとあわてる様子がそのままのかたちで、黒い影は路駐している車に身を縮めるようぴたりはりついた。