一、羊の群
李徳裕の視線の先は北の高台、偉容を誇る大明宮(唐王朝の宮殿)に向いていた。
「昨夜の夢は、何かを予見するように思える……」
「どんな夢をご覧になられたのですか」
愛らしく丸い顔が横に立ち、裾の乱れを気にしながら、興味深気に李徳裕を覗き見ていた。
「儂が羊の群に囲まれる夢だ」
「羊ですか…………羊は私どもにはなくてはならぬ大切な家畜、沢山いたのですか」
「一万頭いた」
「そんなに沢山の羊が夢に出たのですか」
「羊が草原を走っていた。心地好い夢だった」
「従順な羊の夢は吉兆かと思います。きっと、良いことがあります」
「それならばよいのだ」
「羊はどうなったのですか」
「全部、儂が食した!」
「えっ、ご冗談を…………」
「一生食べるには困らぬと予見する夢であろう…………」
夢の最後で大地が裂けたことは、目覚めの予兆と思え、さして気に留めることもなく春鈴には告げなかった。
「若君が大きな声で数を数えていらっしゃったので、春鈴は心配いたしました。学問やお仕事ばかりに励んでいたのでは、気持ちが昂ってゆるりとお眠みになれないのでは」
「羊の数を数えて寝ていたのだろう……心配はいらぬ」
春鈴は下級官吏の子として生まれ、幼い時から父親の手解きを受けて筆を執り、書を読み、詩を吟じる才を身に付け、周囲が一目置く女子として育ったが、父親が他界したため十二の歳に李家の屋敷に引き取られ、李徳裕の身の回りの世話をする侍女として仕えている。若く才気に富む李徳裕は、春鈴の聡明さとどことなく愛嬌のある明るい性格が気に入り、身近に置いて寵愛していたのだ。
「昨夜の夢は吉兆であろう。今日は久々の休み、春鈴、詩でも吟じて過ごすか」
弾力に富むしなやかな腰を引き寄せ、裾を割って太股を撫でた。
「若君、このような明るい所で、恥ずかしゅうございます」
春鈴が身をくねらせ、腰を引いたが、首を折り堪こらえられぬように李徳裕の肩に顔を伏せた。李徳裕は抱き上げるように春鈴を寝台に乗せ「愛い奴、戯れだ!」と言いながら、恥じらう春鈴の胸を開けた。