一、羊の群

暗闇の中に横たわる青年の躰は、重い空気の圧力で押さえ付けられでもしたように固まり、瞼も重く目は開かなかった。

「何所にいる…………」

大地の裂け目に落ち、感じるはずの痛みもなく、着衣も濡れていないのが分かった。だが、四肢は硬く動きを拒んだままだった。青年が視覚以外の感覚に神経を集中させると、肌に伝わる空気が慣れ親しんだ寝所にいると教え、躰は(しとね)の上にあると分かった。

僅かな失望と大きな安心を覚え「夢だったか……」と、息を吐いた。

途端に躰の重みが消えていくのを感じた。横になったまま夢の記憶をたどり、先刻まで自分が置かれていた場所をなぞり、目の前で繰り広げられた草原の情景を再現させようと試みるが無駄だった。夢の中では鮮明に見えていたはずの牧夫の顔はぼやけ、額の広さ眼鼻の位置が判然としない石仏のような造形としか思い出せない。

気分を変えようと寝返りを打つと、微かな甘い香りが鼻を撫で、薄く瞼を上げると、部屋の隅で小さく油の燃える瞬きが映る。潤む二つの光が目に入り、一瞬、軽い驚きを覚える。

「居たのか……」

間近で優しく覗き込むつぶらな目の色に、安堵の気持ちが芽生えた。

「若君、大丈夫でしょうか?」色白の愛らしい顔には心配の色が滲むのが見える。

「何かあったか?」

「いいえ、特には……」

「ならば、なぜここにいる」

「心配になり来てしまいました……御簾(みす)の向こうで休んでいましたが、若君の(うな)される声を耳にしました」

「儂の声はそなたの眠りを覚ます程、大きかったのか」

「……はい」

「春鈴、そなたどのくらい前から儂のそばにいた?」

「申し訳ありません、四半刻程前からお側に……」

恥じらいを含む声が返された。

「儂は寝言のようなことを言ったか」

春鈴と呼ばれた娘は、緊張の面持ちで、申し訳なさそうに頷いた。

「若君は、先程まで目を閉じたまま数を数えていらっしゃいました……」

春鈴の声からは、どこか言い淀む躊躇いが感じられた。

「数を数えていたのか……」

「はい……何か悪い夢をご覧になられたのですか」

「いや、その逆だ!」

青年は薄らと笑みを浮かべて、春鈴を見た。

「良い夢ですか」

「ほかに何か言わなかったか」

「いいえ、ほかには何も……」