「作曲家の卵」
この本屋には本が星の数ほどある。すべてが古い本に見える。
壁一面、天井までびっしり本で埋まっていて、その本たちのカビくさい匂いは僕を始終うっとりさせる。
詩人の本、天体の本、神様についての本、エロースとクピードとルシフェル、ボヘミアスパイスの本、幾何学についての本、科学の本、植物の本、美しい神話、美しい寓話。
すべての本は見るからに繊細な背表紙がついていて、僕の好きなのは白と黒のコントラストの絵表紙の本。
何だったっけな、あの本。
ああ、確か、『冬の木の根』だ。
この本屋には近所の人もあんまり来ないし、お客さんてほんとにたまにしか来ない。
世界から忘れ去られているみたいに、あり得ないほど静かだ。
ひとつしかない窓から見る冬空の星たちはカチンコチンに凍っている。
音をコトンと立てると落ちてきそうなくらいに。
「リュシアン、星は黒いベルベットのキャンバスに留められた銀の画鋲みたいだな」
とワルツさんが僕の背中を撫でてくる。
ワルツさんの横顔はこんな時、とても綺麗だ。
でもなんか、いい人みたいでいやだな。僕の胸がきりって痛くなる。
僕の知っているワルツさんは、やせっぽっちで汚くてぐうたらじゃなきゃいけない。
だから、そんな時は爪で引っ掻いてやるんだ。