『非現実の幕開け』
本来、憑依生命体絡みのことなら先生が言っていた通り惨事の模様が確認できた時点ですぐにSPHに連絡をかける所だが、暗くてその惨事の様子が事細かに分からない。
「もしかしたら、俺の考え過ぎで単なる火事や障害物事件なのかもしれない(それでも大きな事件なのだが……)」
という憶測も未だに考えられるわけで、現状でSPHに連絡しようと思わなかった。そうこうしているうちに、彼女のいる市民病院まであと数十メートルという所まで来た。
しかし、ここまでほぼ全力疾走で走ってきていたので体中に汗(冷や汗も含む)をかきまくって、喉はカラカラだ。ここに来るまでずっと走ってきた訳だが、それ以上に精神も不安定だ。
「……もう走りたくない」率直にそう思うも、そんな俺にさらなる仕打ちが目の前に広がる。
「……マジかよ、これ」
相変わらず空は真っ暗なので全てを把握するのは難しいが、目の前の大きな病院は全体の約6、7割を残した状態で、各所から火の粉が舞いあがり各部に損害を受けていた。なかには鉄筋コンクリート等の内部構造が丸裸になっている個所もあり、俺が立ち尽くしている今も、次々に建物の上階から瓦礫が崩れ落ちてきている。
……さっきまでの病院とはまるで別物みたいだ。
壮絶な光景に茫然としていると、当初の目的を忘れそうになる。ハッと我に返り、瓦礫にまみれた建物の七階付近を探すと、不運にもそこは被害を受けている個所だった。
思わぬアクシデントでパニックにもなるかもしれないが、彼女は病を患って病弱だが頭は回る方だ。どうにかして避難していると思うが、それでも安否を確認しなければ安心出来ない。自分の考えに叱咤され彼女の無事を祈り、足を動かす。
「(……ルナ姉、頼む! 無事でいてくれ! いや、無事じゃないとダメだ……!!)」
時折落下してくる病院の瓦礫に注意しながら、奇跡的に無事だった出入り口から病院に入る。