13 黄昏

アンプから目に見えない何かが明らかに、(くゆ)り、(かお)り立つ。何か空間を彩るようなギターが鳴り、シンバルを音の日だまりに誘う。震わせるようなベースが(うごめ)き、調整中の不規則だが、新たな予感を抱かせる。スネアやバスドラムがスタジオに響き渡っている。枠には収まりきれない命の結晶がきっと叫んでいるのであろう。

スグルがバンドを組んだ『Boketto』が来週迫っているライヴに向けて練習をしていた。名前の由来は、メンバーが皆、無い知恵をふり絞って、バンド名を考えているときに、スグルが「ぼけっと」しているように見えたからである。今日で3度目のスタジオ練習。本番の持ち時間は20分。持ち曲は3曲の予定だ。少しばかり緊張感をほぐす為か、ギターのアヤトが皆に話しかけた。

「みんな今日の昼ごはんは、何食べた? おれは、豚骨ラーメン」

ベースのナツミが応えた。

「パスタ」

ドラムのタツヤも間髪入れずに続いて、

「唐揚げ定食」

そうして、スグルがおじおじと話し出し、

「野菜炒め定食とプリン」

スグルの口元から、プリンの音がこぼれてきたので、その意外性に一同は笑った。特に、ドラムのタツヤは腹を抱えるほどだった。

「プリンは美味しいよな、ひっひっ」

ギターのアヤトが万感を込めて言った。

「じゃあ1曲目の『黄昏』やろう」

そうして、タツヤがドラムスティックでシグナルを打ち鳴らし、演奏が始まった。

意外にも演奏は順調に進んでいくのだが、どうもグルーヴ感や生きた創造力みたいなものはこれからのようである。まだ、何かを(うかが)っているようでもある。そう、人の声だ。スグル……、スグル、おまえだ! そんななかスグルはマイペースに歌い出した。緊張感は不思議なほど湧いてなかった。ここでは、これから練習するその1曲目を紹介しておこう。

『黄昏』作詞作曲 カワイスグル

1

真朱の雲が流れていく たゆたう風が頬を撫でる (そばだ)つ山々の行方には 小さな鳥達も(いこ)うだろう 遥かな夢の花が咲きこぼれる

太陽よ その光よ 今こそ皆の胸に宿れ世界よ あなたよ わたしとひとつになれ

2

薔薇の空が(とどろ)いて (かそ)けき想いが愛でられる 渚のさざ波が 遠い日々が 小さな命を守るだろう 遥かな夢の花が咲きこぼれる

ああ月よ ああ女神よ 今こそ皆を助けたまえ世界よ あなたよ わたしとひとつになれ

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