9
「音楽でも聴かない?」
自分の車を運転しながらヨンミは言った。彼はほほ笑んだ。彼の笑みは、いつでも肯定の意味だと彼女は知っていた。
「これはイギリスのフュージョン・ジャズ・ファンクのグループよ。あなたに聴かせようと彼らの曲を準備してきたの。軽快で、リズムがよくて、ほんの少し哀愁を帯びた美しい曲よ。グループ名はシャカタク(Shakatak)〔イギリスのジャズ・ファンクバンド〕っていうの。このグループ、聞いたことある?」
ヒョンソクの顔つきから、彼がこのグループについて確実に聞いたことがあるのが、彼女にはわかった。「知ってるのね」彼女は嬉しそうに訊いた。
「もちろん知ってるよ。伝説的なクロスオーバー・ジャズバンドだろう? 俺はこのグループのピアニスト、ビル・シャープ(Bill Sharpe)の演奏スタイルがとても好きなんだ。彼はシンプルなメロディーだけで素晴らしい音を作り上げる」
「このグループの曲の中であなたが気に入っている曲は?」
彼女は彼に訊いた。
「〈インヴィテーションズ(Invitations)〉〔アルバム『インヴィテーションズ(Invitations Album, 1982)』〕」
「まあ! ほんとう? ほかには?」
「〈ナイト・バーズ(Night Birds)〉〔アルバム『ナイト・バーズ(Night Birds Album, 1982)』〕」
「まあ、信じられないわ! 私が選んだのはまさにその曲よ。私の最高のお気に入り。私も同じく、ビル・シャープが大好き。ほかにも好きなジャズピアニストを教えてくれる?」
「ライル・メイズ(Lyle Mays)、〔ジャズキーボード奏者、ジャズ・ギタリストであるパット・メセニー(Pat Metheny)が率いるバンド『パット・メセニー・グループ(Pat Metheny group)』の一員として知られている〕彼のことを知っている?」
ヒョンソクは尋ねた。
「ちょっと待って、冗談でしょ? 私の大好きなミュージシャンよ!」
「パット・メセニー同様、ライルもまた天才だ……好きなジャズピアニストはほかにも、ヒロタカ・イズミ(和泉宏隆)〔日本のジャズキーボード奏者〕がいる」
「T-SQUARE〔日本のフュージョン・ジャズグループ〕のヒロタカ?」
ヒョンソクは驚いた。彼は話を続けた。
「そう、そうだよ! そのとおり。T-SQUAREのメンバーは全員完璧だけど、彼はバンドをさらに美しいものに仕上げた……そんな彼と同じように、ライルもパットを美しくしたんだ。ライルはまるで地球の外からやってきたかのように思える」
「不思議ね! なんだか私たち、三十二年間離れることなく一緒に生きてきたような感じ。ライルの〈オー・レ(Au Lait)〉〔パット・メセニー・グループ、アルバム『オフランプ(Offramp Album, 1982)』〕は私の人生において最高のピアノ演奏曲よ。……それにね、ヒロタカのピアノは私の人生をかつてないほど豊かにしてくれたの」