第一章
六
斉藤やえの死から数日後に、彦坂一人が出席し、火葬をした。これは後見人の役目ではなかったが、彦坂しか火葬に立合う者がいなかったからである。
彦坂によるやえの相続人調査によって、彼女の死から三ヶ月後、彼女のすべての遺産を北海道の帯広から出向いてきた、彼女と一面識もない、酪農を家業とする姪に引き継いだ。姪はまだ白い雪が残る北の国から遺産を受け取りに東京までやって来たのである。姪は、転がり込んで来た自分の幸運をとても喜び、生前会ったことのなかったやえの死に、心からの合掌をした。
斉藤やえが生活をきりつめこの世に遺していった財産は、それから北の国の人によって、北の大地で使われることになった。やえが夫と建てた、いつも晩秋の木の葉が舞い落ちているような木造家屋は解体され、土地は売却された。
斉藤やえの人生の痕跡はこれによって、完全に、消え去った。