それと並行して、田舎の家と違ってマンションの近くに日々の生活に適した買物の出来そうなマーケットがあり、バス停も近くにあって交通の便が良いと知ったからであった。そのうえ、美子が最も気に入ったのは、そのマンションは静かな住宅街にあり、日当たりが良くて、少し行けば大きな川があり、海にも近くて三十一文字を考えるには最適な環境であると判ったからであった。

彼の職場は紀の川に架かる大きな橋を渡り、少し行った所の、お城の近くにあった。田舎の親許を離れて、ふたりだけで市街地に住むことを美子の両親は当初、少なからず不安を抱いたようであったが、ふたりがそう決めたのなら……と、快く承諾してくれた。

その一方、彼の両親は彼が次男であることから、何時かは、そうなるであろうとの思いを以て、ふたりを送り出してくれた。暖かくて天気のいい休日にはスケッチ旅行に出掛ける博に、美子は歌の材料を探す目的で何時も同伴した。

それは結婚前からの約束でもあったが、ふたりの日々の生活に潤いをもたらすのと同時に、彼の職場でのストレス解消にも繋がっていた。結婚前の彼は電車やバスを利用して出掛けることが多かったが、結婚後は博が運転してふたりで車で出掛けることが多くなった。

いままで重い画材を持ってでも、彼が電車などを利用していたのは車窓の外の風景の中に絵になる風景を探していたからだということを打ち明けてくれた時、美子は、

「車窓の外に絵となる風景を探すのは、わたしが歌の材料を探すのと同じね……」

と言いたかったが、敢あ えて言わなかった。そのうえ、自分が運転すれば外の景色に気をとられて事故を起こしてはいけないというのも本意であると聞いた時、美子は

「なんと用心深い人……」

と思わないでもなかったが、

「そう、それはいい考えですね……」

とだけ言って、すぐに話題を転換した。彼が家の中で絵筆を持つ日は、その傍らで三十一文字を紡ぎながら家事に勤しむという、快適で楽しい日々を過ごせることに、美子は過去に一度も味わったことのない、充足感を体験しているような気分に浸ることが出来た。

そのうち、美子は市内にある「短歌結社」に所属する機会を得て、一カ月に一度催される歌会に出席する一方、その結社の発行している同人誌に作品を発表しながら、内外ともに有意義で充実した日々を重ねていた。

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