第一章 阿梅という少女

家中の者が平伏(へいふく)して出迎えるなか、汗とほこりにまみれた男たちの一団が上がってくる。重綱さまを先頭にして、まずはお殿さまに帰着と戦勝の報告をなさるという。陽に焼けて無精ひげがのび放題ながら、さすがに主だった家臣たちの足取りは、戦の後の荒々しさを残すこともなく、戦勝の浮かれた気配もない。みな一様に静かな身ごなしで、まるで能でも舞うような足取りで床を踏んでくる。

「おめでとう存じます。お疲れさまでございました」

小さな声で申し上げて目を上げると、重綱さまは一瞬足を止められたように見えた。わたくしと目を合わせ、照れたような笑顔でうなずくように顎を引かれた。お殿さまから不興を買っていることに、まるで気がつかれていないような屈託のないお顔だ。お殿さまはこのところこらえ性がなくなっていらっしゃるが、晴れの凱旋報告の席でいくら我がせがれとはいえ、家臣たちの前で不機嫌をそのまま表に出されることは控えられるだろう。

と、そう思いながらもわたくしは気をもまずにはいられなかった。同時に、衣装を改められて、やっとのことに姿勢を正されておいでのお殿さまの辛さも心配だ。留守中さらに衰えられたお姿に、重綱さまをはじめ家臣の者たちは驚くことだろう。

屈強な男たちの後ろに、一人のか細い少年の姿があった。荷車を上り下りしていたあの子供ではないだろうか。健気にしっかりと背を立て、あごを引いて座っている。武勲のあった家士たちの報告の後で、重綱さまは後ろに控えていた少年を目で招いた。合図を待っていたように、少年はすっと上から糸で引かれたように背筋を伸ばし、無駄のない美しい所作で膝行(しっこう)して平伏した。

「父上、書状にもしたためましたるとおり、真田(さなだ)()衛門(えもんの)(すけ)幸村(ゆきむら)どのの息女にござりまする」

わたくしは我が耳を疑った。なんと、あの雑兵と見えた少年は少女だった。しかも左衛門佐どのの娘だったとは。お殿さまは目を和ませてうなずかれた。左衛門佐どのは敵の将、その娘がどうしてここに……。会場にも一瞬声にならないどよめきがおきたようだった。

「真田幸村のむすめ、(うめ)にございます。この白石の地までお連れいただき、この上なき幸せ、ありがたく御礼申し上げます」

「これよりは安心して暮らされよ」

お殿さまは重綱さまに向ける厳しさからは想像もできない、優しい眼差しで目をしばたかれた。片倉勢のどこまでもつづく美々しいお行列が、戦勝に沸く白石城に帰ってきたあの日を、わたくしは生涯忘れることはないだろう。それは()(うめ)との出会いの日でもあったのだ。重綱さまは阿梅を従え無理して口元を引き締めたようなお顔で、わたくしの前に立った。