一陣の風
虹色の風の時代
歩き始めると、初秋の風が頬を撫でた。秋の虫が鳴き始めていた。
「夜風が気持ちいい」
私が言うと、純一は、「ふらついているぞ。酔っ払い。ほら」
手を差し出した。戸惑いながら私はそっとその手をつかんだ。
「世話がかかるなあ」
「ごめんね」
「ばか。謝るな。こういうときは『ありがとう』だろ?」
「ありがとう」
「よし」
純一はさらに言葉をつむぐ。
「もう秋だな。そうだ。今度、海にでも行くか。俺好きなんだよね。秋の海」
「行く!」
思わず大きな声を出した私に、
「でけえ声。あのときもこれくらいの声を出してくれればよかったのに。ほら新歓コンパのとき」
そう言って純一は笑った。
「あのとき」の渥美線の駅が目の前にあった。そして純一の顔もすぐ目の前にあった。
「やっぱ今日はやめとく。もう時間だろ。海行こうな」
な、何をやめておくの。やめないでほしい。そんな言葉が口まで出かかっていた。頭が混乱する。その代わりに、
「海、絶対に連れて行ってね」
そう言って、私は改札口に入った。
海には二人だけで行くという意味だったのだろうか。早くその日がきてほしい。色とりどりの想いが心を駆け巡る。しかし、「その日」は訪れなかった。