「ナンは自在な食べ物でございます。どんな形にもなりますし、どんな色にもなりますし、どんな味にもなりますし、どんな人にも好まれますし、どんな時にも食されますし、どんな場所でも食べられます。ナンは自在な食べ物、変幻の食べ物でございます。

それではこれから、飛びきりの、聖なるナンをお目に掛け、また即売いたしたく思います。私たちナナリーの秘宝、私たちナン工房の秘仏、聖ナン、サクレ・ナーニ、サグラダ・ナンダをご覧にいれましょう。さあ、どうぞ、見てくださいませ。これでございます。

何の変哲もない、ただのナンとしか見えないものでございますが、これこそは、かつてのインドはマカダ国のヴァイシャリ市に住した維摩詰尊者が食するのを習いとしたナン。しかも、その庵たる一間四方の方丈に詰めかけた三万三千三百三十三人の善男善女に施してなお余りが出たと伝えられる奇跡のナンでございます。たった一枚で三万三千三百三十三人の人の口を養ったのでございます。

古くはユイマナンないしはイマナンと呼ばれて来たこのナン。二千年前にあり、以来、綿々と秘かに、ヴァイシャリ市の『ナーガルージュナ修道院』に、つまりは私たちの修道院でございますが、そこに秘仏、秘食として伝えられ、保存され、礼拝されて来たものでございます。今、それをここに皆様にお目にかけるのでございます。今日初めての秘仏秘食ご開帳でございます。

しかし何物も使われてこそその命をまっとうするものでございます。ですからいたずらに礼拝の対象として、敬して遠ざけるばかりが能ではありません。さあ、それではこれから、秘仏秘食たるこのナンをレンジにかけて、焼き上げ、お集りの皆様に、最後の三万三千三百三十三人目の人に至るまで、お分けいたすことに致しましょう」

そう言って、修道女のごとき、比丘尼のごとき、尼さんのごとき、若い妙齢の店の女性は、立っていたすぐ左手のところにあった黒いレンジの中へと、手に持ったナンを入れたのである。