第一楽章 あなたの瞳が教えてくれた記憶
Ⅱ「ありがとう」を伝えたくて
そこは、中東を思わせる景色が広がっていました。色で例えるなら、黄土色のスクリーンが浮かびます。にぎやかな港町を連想させる音も聞こえてきます。潮の香りもわずかに漂い、野良犬っぽいワンコもちらほらいて、石畳の上で寝そべっていたり、うろうろ歩いている子もいます。活気ある物売りの人たちも大勢いて、見渡すかぎり買い物にいそしむ老若男女が行き交っています。
そのなかに、兄と妹らしきふたりの子どもの姿がありました。幼くして父親を亡くし、その後ひとりで頑張った母親までも亡くなってしまい、その子どもだった兄と妹だけが残されてしまったようです。親戚の間を転々としましたが、やがてふたりだけで生きていかなければならない状況となりました。
全身程よく日焼けした、賢そうな顔の男の子は、絶えず周囲の様子を気に掛けるなかなかの切れ者といったかんじです。目鼻立ちの整った可愛らしい女の子は、兄の手をしっかりと握って、片時も離れまいとしている様子がうかがえます。ふたりとも裸足で、衣服はボロボロに見えました。
まだ幼かった妹は、お兄ちゃんがいないと何もできない、そんな女の子でした。お兄ちゃんはたったひとりのそんな妹の面倒を、苦にすることもなく、いつもやさしく世話を焼いてくれたようでした。誰の目にも、孤児に映っていたのだと思われます。
たくましくて、やさしくて、頼りがいのあるお兄ちゃんのことが、妹は大好きでした。ふたりだけで生きていくために、お兄ちゃんは仕方なく盗みを働くこともありました。けれども、船場のようなところで、怖そうなおじさんに怒られることも平気でしたし、クズ拾いやわずかでもお金になることを一所懸命にしながら、妹との生活を大事にしていました。
遠い空の果てから健気な兄妹に、両親の必死な祈りが届いていたのではないでしょうか。どんなときも、どんなことがあっても、苦境をものともせず生きていくふたりの成長を、両親は見守りながらエールを送っていたに違いないと思えてなりません。
賢くて頼もしくも見える男の子の心情は、どんなだったのでしょう。妹の前で、弱音を吐くことはゼッタイにできない。僕だって、誰かに思いっきり甘えたみたい! そう思うことも、きっとあったと思うのです。両親が元気だった頃の、家族の楽しい記憶もあったはずだと思いませんか。それなのに……。いつも頑張る姿で居続ける男の子。もしも今、私の目の前にいたなら、思わず駆け寄って、彼を抱きしめたくなってしまうくらいに、感情が揺さぶられそうです。
「キミは、なんて頑張り屋さんなの!」
照れ笑いしながら、男の子は下を向いてしまうかもしれません。
「僕が妹を守るのは、当然なんだよ。妹がいるから、僕は強く生きていけるんだ!」
そんな声が、聞こえてくるような気がしました。涙、涙……です。妹が年頃になり、お兄ちゃんを少しでも助けたいと思うようになりました。これまでずっとお世話になりっぱなしで、申し訳ないという気持ちが強くあったからです。
あるときお兄ちゃんに、お金に困ることが起こりました。このとき、妹はお兄ちゃんに内緒で仕事をすることにしたのです。手っ取り早くお金を作る方法、それは男性を相手に身体を投げ出すことしか思い浮かびませんでした。意を決して、妹はその仕事をするに至ります。大好きなお兄ちゃんのために。