第一楽章 あなたの瞳が教えてくれた記憶
Ⅱ「ありがとう」を伝えたくて
妹はその一心で、自分の身体を初めての仕事に投じたのでした。目をつぶっている間に終わる。これまで、お兄ちゃんがワタシのためにしてきてくれたことを思えば、なんだってワタシはできる! そう自分にいい聞かせて、妹はお店に通うのでした。
そんな慣れない体験でもへこたれることなく、いつのまにか馴染みのお客さんが来てくれるようになっていました。こうして、嘘をついてまで飛び込んだ初めての仕事で、ある程度まとまったお金を手にすることができた妹は、お店の雇い主の男性に丁重にお礼を伝え、その仕事を辞めさせてもらうことにしました。
「お嬢ちゃん、元気でな! せっかく指名とれるようになったのにな。よく頑張ったよ」
妹の気分はさっぱりとしてなんの未練もなく、ただお兄ちゃんの笑顔だけを思い、そのお店をあとにしました。
「お兄ちゃん。何も聞かずにこのお金、黙って受け取ってほしいの」
妹はそれだけ言うと、そっとお金を兄に渡すのでした。
「こんなにたくさんのお金、どうしたんだい?」
「頑張って働いたの。お兄ちゃんにはこれまで迷惑かけてばかりだったから、どうしてもお兄ちゃんの役に立ちたかったの。なにも言わずに受け取って。お願い!」
兄はそのお金で、事なきを得て窮地を脱することができました。けれどもしばらくして、そのお金の件が兄にバレてしまいます。妹が怒られたのは言うまでもありません。
それでも、妹はなんの後悔もしませんでした。お兄ちゃんに心配かけてしまったことは事実です。でもお兄ちゃんのために、自分にできることをしただけ。そう思えば、自分を卑下することもありませんでした。
「お兄ちゃんを、悲しませてしまってごめんなさい。でも私は大丈夫。もうしないから! これからはこれからは、ちゃんと普通の仕事をするよ」
兄は妹を怒った以上に、自分自身を責めていました。
「俺はなにをやっていたんだ。妹にこんなことをさせてしまったなんて……」
少しの間、自暴自棄になっていた兄ですが、妹への愛を再び自覚することができ、以前のように仕事に打ち込むことができるようになっていきました。